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I love your warmth.(FANBOX用短編)
アンが熱を出した。
「ただの微熱だし心配いらない」と本人は言っていたが、どうしても心配で病院に連れていくと、診断はごく普通の風邪だった。ひとまず安心したが……帰りの車の中、助手席でぐったりしている姿を見ていると、また不安になってくる。
「……大丈夫か、ほんとに」
「大したことない」
強がっているようには見えないが、アンの「大したことない」ほど信用できない言葉はない。
一定の苦痛を超えると、彼女は自分の苦痛を認識できなくなる。無理をしていることにも気付かなくなって、本人ですら気付かないうちに限界を超えている。……マシになった方だとはいえ、彼女はまだ、どこか壊れている。
「……手、握っていい?」
そう言ったのは、俺だった。
どうしようもなく不安だった。……彼女の手を握って、温もりを確かめたかった。
「……ん……車、停めたら……いいよ」
頷いてくれたから、路肩に駐車し、手を握る。
熱のせいか、いつもより温かい。ちゃんと、生きている手だ。
「キスはいる?」
俺が黙っていたら、冗談っぽく聞いてくる。
もちろん俺はしたい。……けど、彼女がそういう聞き方する時は、たぶん、そこまでやりたくない。
「……していいのかよ」
「……風邪、うつしたくないから……やっぱりだめ」
「言いたかっただけってやつか?」
「……まあ……そうなる、よな……」
赤くなった顔を隠すように、アンは窓の方を向いた。
今日は元からほんのり赤いけど、雪明かりのおかげか、変化がよく見えた。
可愛い。
「今変なこと考えたろ、ばか」
「か、考えてねぇよ!」
「ほら、早く帰るぞ。ロッドも風邪引くだろ」
「……別に……アンからもらった風邪なら……」
「気持ち悪いこと言うな」
「すいません」
会話しながらエンジンをかけて、ついつい頬が緩んだ。
アンが普通に怒る日常が帰ってきたことが、たまらなく嬉しい。
「……看病、ありがと」
「ん? どうしたよ」
「それも、言いたかっただけ」
ふい、と、アンはまた窓の方を向く。
抱き締めたくなったが、運転があるので我慢した。
***
家に帰り、とりあえずソファに寝かせる。
「食べたいもんある?」
リゾットぐらいなら俺にも作れるし、なんなら冷凍庫にもある。
アンはぐて、と横になりつつ、キッチンの方に視線を向ける。
「……ホットチョコ、飲みたい」
「おう、わかった。マーマーレードいる?」
「いる」
リクエストを受けて、キッチンに向かう。
アンがちょうど見た方にカレンダーが貼ってあって、「しまった」と思った。
2月14日。どうにも、俺は日付感覚を忘れやすい。病院に行った時、薔薇の花束でも買っておくべきだった。……贈ったら贈ったで「似合わない」とか言われる気もするが……。
冷蔵庫に食用花があった気がして、開ける。確かアンはサラダに薔薇の花びらが入ってるのが好きで、飾りうんぬん以前に味が好きだと言っていたし、ハウスキーパーさんも頻繁に補充してくれていたはずだ。
「……お、あった」
とりあえず体裁はどうにかなりそうで、ほっとする。
出来合いで申し訳なくもあるが、ホットチョコの上に散らしてみる。……持って行こうとして無性に気恥ずかしくなってきたが、思い切って差し出した。
「できたぞ」
アンはぼんやりと天井を眺めていたが、肩を叩くとこちらに目の焦点を合わせた。
「ん……」
おぼつかない手で受け取って、中を見る。チョコレートに浮かんだ花びらに気付いて、また、視線がこちらを向いた。
「……ばか。今頃気付いた?」
ターコイズブルーの瞳がきらりと輝き、左目の泣きぼくろが下がる。
遅れたけど、明日はちゃんとカードを買いに行こう。
街の喧騒は好きじゃないが、この笑顔を明日も見たくなっちまった。
「来年は忘れねぇからな」
「じゃあ、来年も生きてないとなぁ」
「ちょ、不吉なこと言うなよ!?」
「だって、『死んでた』時期長かったし……」
「……それは……」
「……え、今の泣くとこか……?」
「……アンなんか早く風邪治して元気になってずっと俺の隣で笑ってりゃいいんだ」
「悪口言うの下手すぎるだろ」
「うるせぇ、言えねぇんだよ」
このなんでもない時間が、できるだけ長く続いて欲しいと……そう、願わない日はない。
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