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たまにはギャンブルでも(関西コミティア特典小説)
ㅤ手札を眺め、青年は紫煙を吐き出した。
灰皿を指で引き寄せ、灰を落としたついでに燃え殻を指から離す。
「……お前さん、弱いのか強いのか分からねぇな」
ㅤ対峙する相手は、数段低い位置からそう告げた。
「…………え?ㅤ何?ㅤ何か言った?」
「ったく……気まぐれな野郎はこれだからよ」
ㅤ苦笑しつつ、少年はだぼついたコートを羽織り直す。
ㅤテーブルに散らばったカードを指で無造作にいじり、青年は告げた。
「ファンが自殺するような絵を描くなって、僕に言われても困るよね」
「……何の話だ?」
「なんで自殺するほどの苦悩をさ、そんじょそこらの芸術家の作品に感化されたから……とか薄っぺらい動機に収束できるんだろう。僕にはそれがわからない」
「そりゃあ、理解できない奴のほうがよっぽど幸せで、勝ち組とやらになりやすいからだろ」
ㅤ肩を竦め、少年……レニーは相手のカードに視線を投げる。
ㅤ青年……カミーユは苛立たしげにテーブルを指で打つ。手札が弱いのか、強いのか、彼にとっての問題はもはやそこではない。
「そもそもね?ㅤ無理やり生きてたかもしれない子が勇気を出して選んだ道をそうやって神への冒涜だとか命の重さが云々とか的はずれなこと言い出して、挙句の果てには『暗い画風の絵師が好きだったから感化されたのだろう』だよ?ㅤそもそも暗い画風に惹かれさせたのは何だったのかっていうのを考えない限り、遅かれ早かれその子は死を選んだでしょ」
「愚痴は程々にして、コール(続行)かレイズ(上乗せ)かとっとと決めやがれ。別にドロップ(降参)でも構わねぇがよ」
ㅤ少年の手札はジャックのスリーカード。まずまずと言ったところだが、油断はできない。提示した条件は「3回負けた側が情報を渡す」……ただし、「追加で条件をレイズ(上乗せ)してもいい」というルールも定めた。だが、相手は手番になってもなかなかアクションを起こさない。心ここに在らずと言ったように黙り込むか、ひたすら不平不満をたらたらと述べるか、取り留めのない話を延々と続けるか……おおよそ集中力のない言動を繰り返している。
「確かに芸術作品の影響に関しては認めるよ。悪影響も良い影響ももちろんある。だけどさ、その作品が成立するに至った背景にもそれなりの事情と重量があるわけでね? 精査されきってない目先の安っぽい正義感で排除されたら堪ったものじゃないくらいの「なにか」が秘められているわけ。簡単に切り捨てることがどれほど非道なことか、人類はもっと考えてみるべきでしょ。……あ、コールでいいよ」
ㅤ……これは、新手の策か?ㅤと、レニーとて思いはした。何度か聞けば「この男、さては今思いついたことをとりあえず駄べりたいんだな」……と、どうしようもない感情が見えては来るが、それはそうとして、本人も策として利用しているふしはあるだろう。……おそらく。
ㅤ手番を公開すると、カミーユの手札は4と6のツーペアだった。
「……さっき僕が続けて2回勝って、その前にレニーさんが1回勝ってたっけ?」
「おうよ。だから、次ので勝負が決まるって寸法さ。……愚痴ってる暇はねぇぜ」
「別に暇だから愚痴ってたわけじゃないんだけど。ちょうど愚痴れる空間があるから愚痴ってたんだけど」
ㅤカミーユは手元にある煙草の箱から1本抜き出し、手馴れた様子で火をつける。
「……おいおい、俺をロバの耳みたいに扱いなさんな」
ㅤ呆れがちに告げて、レニーは指を鳴らした。よく響いたような、澱んだ空気に吸い込まれたような……どちらとも取れない音が、カミーユの蒼い視線をレニーに向けさせる。
「ここらで条件を上乗せするが、構わねぇかい?」
ㅤ手馴れた様子で、レニーは古びたカードを配る。
「別にいいよ」
ㅤ絵描きとして、恥も、苦しみも全て絵にぶつけてきた。カミーユにとって、「渡したくない情報」などほとんどないに等しい。彼はそもそも、勝とうが負けようがどうでも良かった。
「んじゃあ……必ず『なるべく触れたくない過去』について聞くってのでどうだい?ㅤもちろん、さっきお前さんが上乗せした『聞く側が情報の種類を指定する』と追加でな」
ㅤ……それでも、なるべく向き合いたくないものを賭けられたとなれば、話は別だ。エメラルドの瞳が、見透かしたようにきらりと輝く。
「手札を見る前なのに?ㅤ強気だね」
ㅤカミーユは手の震えを隠すよう、煙草を口にくわえる。
「なぁに、勝負どころってのは活き活きするもんさ。……俺みたいな人種にとっては、だけどな」
ㅤ回ってきた手札を、蒼い視線が一瞥する。ワンペアの片割れ、ハートのクイーンに見覚えがあった。……先程指で弄んでいた柄に、どことなく似ている。
「あ、イカサマしたでしょ」
「……さて、どうだかな」
ㅤニヤニヤと笑うレニーからは、どんな思惑も読み取れない。イカサマの証拠はなく、今のリアクションで手札の悪さは開示したも同然だ。
ㅤ勝敗が決する間際に初めて、カミーユは「勝負をしなかった」ことをわずかに悔いた。
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