初めて憎んだ君へ、ありったけの愛を

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初めて憎んだ君へ、ありったけの愛を

「あ、イカサマしたでしょ」 「……さて、どうだかな」  対峙する少年の口元には、ニヤニヤと笑いが張り付いている。焦りも、驚きも、その表情からは読み取れない。  自分の手札と睨み合って、煙草の灰が落ちかけていることに気付いた。灰皿に持っていき、エメラルドの視線に気付く。 「死んでも煙草を吸えるたぁね」 「むしろ、煙吸うくらいしかできないんだよね。胃腸はさすがに動いてないよ?」  いや、でもどうなんだろう。液体やアルコールくらいは飲めるのかも。アンデッド生活(死活?)は初めてだから、身体の使い勝手がよくわからない。 「わかってんだろうな。……負けたら、負けた方が情報を出すんだぜ?」  対峙する少年……レニーの、声のトーンが下がる。  きらりと輝くエメラルドが、貪欲なまでに情報を求める。 「はいはい。この調子じゃ、触れたくもない記憶を引っ張り出すのは僕になりそうだね」  背後に冷たい刃の気配を感じる。首筋に触れた刃が震えている。  エレーヌの手が、震えている。  レニーにはきっと見えていない。彼女は僕にしか見えない、僕の幻想だから。 「……降参。何を話したらいいんだっけ?」 「お前さんの「罪」……について、ってのはどうだ?」  震える手で、彼女は僕を殺そうとしている。泣きながら確かな殺意をその手に、その声に宿して、僕の命を絶とうとしている。  ──あなたとなんか、出会わなければ良かったわ  涙が首筋を伝って、流れ落ちる。 「……恋人がいたんだ。僕を心から愛して、……愛しすぎて……壊れてしまった女性」  でも、彼女は僕を殺せなかった。  殺したかっただろうに、その殺意は本物だろうに、殺せなかった。  僕が殺してしまった。 「……首を絞めて殺したんだ」 「へぇ、そりゃまたなんで?」 「僕を殺そうと震える手に、そのか細さに、引き裂かれた魂の慟哭に……耐え難いほどの美しさがあったからさ」 「……。何言ってんだ、お前?」  殺されたかった。あの時に殺されたかった。あの刃に切り刻まれて果てたかった。……けれど、僕はそうしなかった。 「僕は、彼女に」  ──殺してやる……! 「泣き喚いて、ナイフを翳す彼女に」  吐息が熱くなる。身体が熱くなる。脳が、魂が、心が茹だり、すべてが熱に冒される。 「……興奮してしまったんだ……」 ㅤその叫びがたまらなく苦しかった。  その言葉がたまらなく痛かった。  その凶器がたまらなく冷たかった。  だから、 「生きたくなって、まだ味わいたくなって、僕の心まですべて切り刻んで欲しくて、その痛みを、その殺意を……その一瞬を……永遠にしてしまいたくて……!!」  ──わたしを殺せば……あなたは、自由よ。好きにして。  悪魔の囁きに耳を貸して、女神の手を取った。君を殺して、そして僕も殺した。君が僕の心を殺して、僕が君の体を殺して、僕の心はそれからも殺され続けて、ああ、それは、なんて……なんて、耐え難いほどに恍惚とした刺激だろう。 「……妄想に逃げるんじゃなく、もっとクールに話をして欲しいね」  ため息が、思考の熱を奪い去った。背後にいたエレーヌの影が、跡形もなく消えていく。 「お前さんは殺されかけた。……それで、死にたくなくて殺し返した。きっと、本当のとこはそれだけの話だ」  淡々と、レニーは語る。 「んで、大方理由やエピソードを盛り込んで、自分を納得させようとして……掘り返しすぎたんだろ」  きっと、彼の言う通り、発端はただのシンプルな事件だったのだろう。  痴情のもつれ。反転した愛憎。募った殺意……。 「……罰して欲しかったんだ」  周りは誰も、エレーヌの死を悲しまなかった。  むしろ、「悪女」に引っかかった……と、僕に同情した。……罰してなんか、くれなかった。 「確かに……一部、記憶を盛ってるのはそうかもね。でも……僕が、あの時歓んだのは、……たぶん……事実だった気が、する」  彼女の首を絞めた時、僕は、心を踊らせたんだ。  その「死」が僕の魂を打ち砕き、すり潰し、新たな境地にこの手を届かせようと望んだんだ。  より強い、より深い、より破滅的な刺激を欲した。  身勝手な芸術への渇望が、蛮行に形を変えた。 「俺にゃ、相手さんの自業自得に思うがな。人を殺そうとすんなら、殺されても仕方はねぇ」 「……。君にはきっと、わからないよ」  真実は過去となり、埋もれていく。  だから、忘れないように胸に刻み付け、記憶に焼き付け続ける。  この苦悩は罰で、この苦痛は祝福だ。 「そうだな、さっぱりだ。……ったく。難儀なのか楽しそうなのかもわかりゃしねぇよ」  降参だ、と、レニーは肩を竦めた。
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