仲直り(FANBOX用短編)

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仲直り(FANBOX用短編)

「母さん、アイツどこ行ったの?」  その日、家に帰ると、レオナルドがいなかった。 「別れたよ」  母さんは事も無げにそう言った。 「そろそろ、再婚しようと思ってね」  あたしがまだ小さい頃、母さんはあたしの父さんと別れた。  かなり年下の彼氏と付き合いだしたと思ったら、今度は再婚。つくづく、自由な人だと思う。  レオナルドは元々浮浪児で、見かねた母さんが拾って家に住まわせるようになった。  頭は死ぬほど悪かったが体力はあるし器用なので、手懐けて体力仕事をやらせたりあたしの遊び相手をさせたりしていて、ついでにいつの間にか恋仲になってた。 「レオナルドと結婚すると思ってた」 「やっぱ、10代のガキはダメだね。青臭くて仕方ない」  母さんはそんなふうに言って、タバコをふかしていた。  そこで、ハッとした。  レオナルドがいなくなるんなら、アイツもいなくなっちゃうんじゃないか……って。 「ウチの兄弟が世話んなったな」  庭に行くと、レニーはまだそこにいた。  レオナルドの双子の兄弟で、でも見た目はずっと幼い。  本人いわく、とっくに死んでるかららしい。 「……レニーも、どっか行くの」  そう聞いてみると、レニーは「俺はまだいるぜ」と笑った。 「実はよ、あのバカ……マフィアに目ぇ付けられちまったんだ。急に父親替わりがいなくなっちまって、お前さんもさぞかしびっくりしたろ。尻拭いはしてやるさ」  あたしが初めて二人に会った時から、レオナルドにレニーの姿は見えていなかった。  ……今思えば、本当に寂しかったのはレニーの方だったんだろうね。  母さんはレニーのことを信じちゃくれなかったけど、あたしとレニーで過ごす日々はそれなりに長く続いた。  でも……楽しい日々にも終わりは訪れる。  レニーの姿が、だんだんあたしにも見えなくなって来ちまった。 「こんなの、やだよ」 「……困ったこと言いなさんな」 「やだったら、やだよ。あたし、レニーと別れたくない」  その頃、レニーはほとんど透明にしか見えなくなっちまっていた。  泣きわめくあたしを前に困ったように立ち尽くしていたが、やがて、 「いつか、生き返って会いに来てやるよ」  そう、苦し紛れに呟いた。 「そん時にいい女になってりゃ、嫁にもらってやるさ」  そのまま、あたしの返事も聞かずに消えちまった。  *** 「……ってのが、あんたの親父とその兄弟の話さ」 「……嘘くせー」  あたしがレオナルド(とレニー)の話をするたび、アンジェロは決まって口を尖らせてぼやいた。 「そんで、親父は今どこにいんの?」 「それを知ってたら苦労しないよ。どっかでしぶとく生きてんじゃないのかい」 「……マフィアとなんかあったんなら、蜂の巣にされたかもだろ」 「アイツは殺しても死なない野郎だ。それはないね」  母さんはレオナルドと別れてしばらくして、身ごもっていたことがわかり、アンジェロが産まれた。  そのうち母さんは再婚相手を見つけ、フランスに移り住んで4人で暮らすことに。今度の父親はそれなりに金持ちで、あたしもアンジェロもそれなりにまともな学校に行くことができた。  ただ、アンジェロはフランス語がなかなか覚えられず、ストラスブールにあるインターナショナルスクールに通うことになったんだっけか。 「そういやさ、オランダからコルネリスって奴が留学してきたんだ。ひと目であたしに惚れちまったとかなんとか言ってる」 「……へぇ、良かったじゃん」 「何が良いもんか。鬱陶しくて仕方ないよ。ま、向こうは英語しか喋れないから、練習相手にはちょうどいいけどね」 「……そ」  歳の離れた弟はやっぱり可愛くて、ちっとばかし鬱陶しいくらい構いたくなっちまう。  だけど、いつからか色恋の話になると、アンジェロは決まって黙り込むようになった。  ある日、学校から帰って来るなりアンジェロはこう言ってきた。 「姉ちゃん、男が男を好きになるのって、ヘンじゃないんだよな」 「はぁ? 何言ってんだい。勘弁しとくれよ、変なとこで『愛と自由の国』にかぶれちまったのかい?」  今になっちゃ、馬鹿なことを言ったってわかってる。  あの頃のあたしは、男と女が恋をしてセックスをして結婚を神に誓って……それで、家族になってくモンだと信じて疑ってなかった。  男が男を、女が女を好きになるなんて、有り得ないって決め付けちまってた。 「……そっか」  アンジェロは明らかに表情を曇らせて、それきり何も言わなくなった。 「あんた、まさか……」 「何でもねぇし。聞いてみただけだっつの」  そのまま、何となく気まずくなって、あまり口を利かなくなった。  いつでも仲直りなんてできるって、本気で思ってた。……「あの子」はそのあたり、どうだったんだろうね。 「……その、喧嘩をしたので、謝りに来ました」  赤い髪の少年が家に来た日のことは、今も覚えている。その日、アンジェロはいつもより帰ってくるのが遅くて、家にいなかった。 「つい、カッとなってしまって……酷いことを、言ったと思います」  アンジェロと同じく、下手くそなフランス語。  訛りがドイツの方っぽかったから、インターナショナルスクールの子だってすぐにわかった。  凛々しい顔立ちで、一瞬「女の子かな」と思うくらい綺麗な少年だった。名前は、なんだったかな……そうそう、レヴィだ、レヴィ。 「どんな喧嘩したんだい? ……ま、男なんだから、多少殴り合いになるのは仕方ないさね」 「…………」  あたしの言葉に、少年は気まずそうに俯いた。 「……また、来ます」  そう言って、心なしか凹んだ様子で帰っていった。  その後、赤髪の少年は何度も家に来た。  ……けど、アンジェロは二度と帰って来なかった。 「何が、あったんだい」  ある日、そう尋ねた。……行方をくらました弟が全然見つからなくて、苛立ち紛れだったようにも思う。 「内容によっちゃ、アンジェロの行方と関係あるかもだろ」  少年は一瞬ヒスイ色の瞳を泳がせ、ためらいがちに口を開いた。 「それは……彼の、プライバシーに関わります」 「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。こちとら、ちょっとでも手がかりが欲しいんだ!」  そう怒鳴ったのは、八つ当たりにも近かった。  少年はそれでも長いこと悩んで……やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。 「俺に、恋愛感情を……抱いて、いたようです」  その言葉に、思わず固まった。  なぁ、アンジェロ。……あんた……いったいどれだけ悩んで、どれだけ悲しい思いをしたんだろう。  ……ほんとに、悪かったと思ってる。  *** 『言い訳にもならないかもだけど……もし、もうちょっとだけ時期が遅かったら……あたしの考えも変わってたよ。  大学で勉強してりゃ、嫌でも色んな世界を見ることになった。だから……だからさ、遠回しにあんたを否定したことを、ちゃんと謝れただろうさ。  コルネリスからの求愛だって、テキトーにあしらってメシを奢らせたりするのを辞めたし……キッパリ断って、飲み食いするならきっちり割り勘にするようにした。  ちゃんと……完璧とは言えないかもだけど、変わったんだよ。  だから、さ……いつでも、帰っておいで。  母さんも、義父さんも、あんたを待ってんだから』  祈りのような文面が、送る宛のなかった手紙に書かれている。何年前に書いたものかは知らないけど、どうにか見つけ出せてよかった。  封筒から取り出して、スマホで写真を撮る。メールでロデリックに送れば、『……へ?』と惚けた返事が来た。 「アンジェロに伝えとくれ」  もし、彼の魂が、あたしのかけた「呪い」に囚われちまってるんなら……ちゃんと、解いてやらなきゃならない。  遅かろうがなんだろうが、あたしが伝えたいんだ。  大丈夫だよ、安心しな……ってね。  しばらくして、返信が届いた。ロデリックのアドレスだけど、アンジェロからの返信だって分かった。 『やっべ!!! 死体の場所教えんの忘れてた!! そりゃ帰れねーわけじゃん!?!?? ゴメン姉ちゃん!!!』  …………。  まったく、バカなところは親父に似なくて良いんだっつーの!
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