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その瞬間、糸が引き出されなくなった。
引き絞った竿を戻しながら糸を巻き取っていく。100キロの重みが竿にズシリとのし掛かる。
やがて、眼下にそれはやって来た。
2メートルを超える巨大なイソマグロ……間違いなくジンベイだ。
海面近くまで降りていた釣り人の一人が、寄ってきたジンベイに手鉤を打ち込む。……それはあの、おがさわら丸で暴れていた酔客だった。
精根尽き果てたショウジが岩場へ大の字に寝転がると、いつの間にか空高く昇った太陽が腹で深く息をするショウジの身体を隈無く照らした。
「……おめでとう。今、皆んなでそこの岩場まで引き上げたよ」
あの酔客が少し照れたように声を掛ける。
「15年……やっと夜が明けたか……」
高く広がる青空にショウジが小さく呟く。
その瞬間が来たならばと、どれほど夢想しただろうか。だが、そこに想像していた多幸感はなかった。
むしろ次第に湧き上がる喪失感と虚無感が波の様に打ち寄せて、砂山が如き達成感を削り去っていく。
宿敵はもういない。
ならば自分は明日から、いったい何を目掛けて生きればいいんだろうか。
「あぁ……馬鹿だな、オレは。何で勝っちまうんだよ……」
その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
完
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