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「ありがと。話せて楽しかった」
彼女の動作に目を奪われていた自分だったけど、今岡さんの言葉に慌ててこちらもリュックを掴み立ち上がる。
「あ…… うん」
何か言わないと。でも、続かない。
「じゃあね」
そう彼女が小さく手を振り、後ろを向く。
終わりなんだ。色んな事があって、緊張しすぎて、でも、楽しかった。これがこれからも続けばと思った。そんな思いが、カンカンと杖が地面を叩く度に浮かんでいく。
これで…… 終わり……
「待って!」
思った以上に大きい声が店内に響く。その瞬間、今岡さんと他の人達がこちらを振り返った。
だから本当、慣れない事すんなよ。そう自分で自分に突っ込みながら、周りの視線に耐えつつ次の言葉を捻り出す。
「か、改札まで…… 駅まで、送らせて!」
周りの視線がニヤついてるのがわかる。どこからか小声で「若いね~」とも聞こえる。
あー。何でこんなに締まんないんだ、俺。
しかし「ありがと。本当、青田君って優しいね。『送らせて』なんていう人、なかなか居ないよ」と彼女が笑った瞬間、恥ずかしさなど簡単に吹き飛ぶ。
いや、笑顔のせいで更に顔が熱くなってる。曇る眼鏡が無くとも、片手で口を覆えばそれが鮮明に分かった。
けど、これで5分は、まだ一緒に。
「どうしたの?」
「あ、いや…… 行こっか」
自分でも気持ち悪い考えを無かった事にしたくて、急いでマフラーを首に巻くと、今岡さんの隣に立って片腕を差し出す。そして、二人、真冬の改札へと歩幅を合わせた。
外が寒いからか、それとも緊張か。体が強張って上手く動かない。けれど、全然苦じゃなかった。ただ、残念ながら、幸せな時間程呆気ない。
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