3つ目『小説好きなんだ』

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 地下鉄まで知らないおばあちゃんを送り届けると、「ありがとう」と更に腰を屈めてくれた。 「態々(わざわざ)ここまで案内してくれて大丈夫だった? 誰かと待ち合わせとか……」 「いえ、ただあそこで時間潰してただけなので」  言った後にただの暇人だと思われそうでちょっと後悔した。いや、時間を無駄にしてるのはわかってる。高校2年の冬、もっとやるべき事あるだろう。  けれど、小柄なおばあちゃんは優しい笑顔で「そう」と言うと、これ以上の質問はしなかった。 「寒いから風邪ひかない様にね」  そう優しい言葉を置いて、おばあちゃんは地下鉄の改札へと消えて行く。人の為になれたんだ。無意味な時間では無かったかもしれない。  良い最後の日だった。そう思って踵を返そうとしたその時。 「あの……」  そう後ろから声を掛けられた。甲高いけれど、芯の有る凛とした声に。  でも、今岡さんは目が見えないんだから、俺を見つける事も声を掛ける事も出来る訳が無い。  変な期待は捨てよう。そう考えながら振り返ると、そこには白い杖を持った女性が立っていた。 「え、今岡さん……? 何で?」 「やっぱり! 青田君だった」  そう俺とは違う名前を呼び、栗色の瞳をきらりと輝かせながら三日月型に細くなる。  そうだ。彼女にとって俺は『青田 こーき』で『足立 青空』ではない。嘘を吐いてなければ、きっと昔チビデブだった同級生に声も掛けなかっただろう。  その筈なのに、何かが胸にのしかかる。 「実はホットチョコレート飲みたくてこの駅降りたんだけど、地下鉄の改札出た瞬間、何か感謝されてる会話聞こえてきて。その中に青田君みたいな声があったから。違うかったらどうしようと思ったよ」
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