3つ目『小説好きなんだ』

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「え、おかしく、ないかな? 目が見えない人間がこんな事言うの」 『それでも、今岡さんなら』  そう言いかけた言葉を今度こそ止める。きっと、そんな気休めを彼女は期待していない。  それに、俺は昔の彼女しか知らないし、彼女からしたらつい最近出会った人間だ。何を知っているんだって話だろう。 「パソコンのタイピングっていうの? そういうので音声機能とか使えば文字って書けるんじゃないの?」  わざと質問で道を作り、何を困っているのかを聞き出そうとする。  元々人と馴染めず悩んでたからか、周囲に気を遣うのは上手くなった。そして表情で何考えてるかとかある程度想像が付くようになった。まぁ、こういう小技使えても国語の点数は伸びないけれど。 「そういうのあるし、使ってる。使ってるんだけど…… それでも、書いた文字が見える訳じゃないから見直しとか難しいの。それに、やっぱり周りの偏見もあるし。何だろな…… 盲目だからって勝手に出来ないと思われがちなんだよね」  その『偏見』という言葉が、何も知らない自分に突き刺さってくる。  正直、盲目の人の生活って『大変だろうな』ぐらいで、どこか他人事というか、今まで興味すら持った事がなかった。  「勿論、目が見えなくて不便な事は増えた。3年前に交通事故で失明したんだけれど、最初の頃は『もう人生終わったな』って自分でも思ったもん。でも、やりたい事を他人に『無理だ』って決められるのが悔しくて。だから…… 怖かったんだ。人に相談するの……」  今岡さんの紡ぐ言葉が、『他人事』をそうじゃなくさせていく。  そして彼女の負けず嫌いな性格と、『怖かった』の一言が、喉元を通るホットチョコレートみたいに熱い感情になって自分の胸に降りてきた。
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