4つ目『無かったよ』

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 ホットチョコレートの甘ったるさを口に残しながらの帰宅後、さっそく今岡さんの原稿を部屋で手に取る。  そこにはお行儀よく縦に並ぶ活字達がびっしりと、約40ページ程。やっぱり、声にしてはならない感情が目を細めさせる。今から現代文の読解問題を解くような気分だ。  そう思っていたら、机の前ではなくベッドの方へと足が進む。きっと、今岡さんが書いて無ければ、読まずに返すだろう。 『何かおかしな所とかあったら、遠慮なく教えて欲しいの! この作品は、絶対に書籍化したいから。お願いします』  ふと、あの時の今岡さんが頭に浮かぶ。  綺麗とか、可愛いとか、そんな(よこしま)な気持ちじゃなくて、この人みたいに真っ直ぐ頑張れる人になりたいと思った。  そう言う感情は今まで何度か経験してきた筈だ。けど、昔からノロマの自分は……  それでも、もしこれが“何かに熱中する”その一歩にでも繋がれば。自分が変わるきっかけになれば。  持っていた原稿へと視線を落とす。『ありふれた。』というのが題名らしい。  期限は一週間。今日はもう夜遅い。だから1ページだけで良い。1ページだけでも良いから、読んでみよう。そう自分に言い聞かせ、俺は机の椅子へと手を伸ばした。
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