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「それでさ」
重い空気と場違いな軽いジャズが流れる店内で、そう口を開いたのは今岡さんだった。
「シンプルすぎるとか、無かった?」
「全然! 無い!」
ちょっと喰い気味に否定する。すると「何で青田君がそんなに必死なの?」と今岡さんに笑顔が戻る。
「いや、あたしね? 情景描写が苦手だから、それが軽すぎる文章になってないか不安で」
本人は気を遣ってか至って明るい口調だった。けれど、それに対して何て言えば良いのかわからず、声にならない。
『情景描写が苦手』な理由なんて、考えずとも視線の合わない彼女を見ていればわかる。
『そんな事はない』って言いたいけれど、さっき買った小説は情景がすぐにイメージ出来た。細かい描写が散りばめられていたからだろう。それが今岡さんの文章に少ないのは確か。
「で、でもさ、その、登場人物の気持ちとかを丁寧に書いてるから、丁度良いと思う…… 個人的には。それに、学校の場面が多いから、あまり細かく書かなくてもイメージできるし……」
違う。そうじゃない。このままじゃ『仕方ないよ』になってしまう。それを一番今岡さんが望んでないってわかってる。なのに、上手く言葉に出来ない。
「でも、最終話の場面、海が良いの」
そうニコッと今岡さんは笑った。『え』っと声が漏れそうなのを、俺は必死に飲み込む。少しだけ、彼女の笑顔がぎこちなく見えたから。
「だから、青田君にお願いがあって――」
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