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「そろそろ始めよっか」
2人で浜辺を歩いて数分経った時、今岡さんはそう言ってリュックからスマホを取り出した。
一見、俺も使っているような普通のスマートフォン。けれど、指紋認証で画面が光った瞬間、何かキュルキュルと音が流れだしたのを聞き逃さなかった。
「え? 今の何?」
「『15時16分』って教えてくれたの」
今岡さんは画面を撫でると、それに合わせ、宇宙語の様な言葉をスマホが発する。頑張って耳を済ませれば何となく“日本語”の様にも思えなくもない。恐らく、早送りされた俺達の母国語なんだろう。
「よく聞き取れるね。英語のリスニングより難しそう」
「慣れれば普通だよ」
そう言いながらも、どこか自慢気な表情を浮かべる今岡さん。やっぱり耳が良いんだ。
「じゃあ、今からあたしが質問するから、それに応えてね」
『ピッ』っと無機質なボイスレコーダーアプリの合図が波と共に響く。その瞬間、自然と唾を飲み込んだ。
「まずは…… 空はどんな感じですか?」
「灰色の厚い雲に覆われてて、その、雲も濃い灰色と白に近いのと斑って感じ。風が強いから流れが速くて――」
今岡さんが差し出すスマホに顔を寄せて口を開くが、分かりやすく、細かく、丁寧に、それが言葉以上に難しい。
「青田君、緊張してる?」
「……うん。してる」
こんなの取り繕ったってバレバレだろうから素直に自供すると、今岡さんは声を出して笑った。
そりゃ、今岡さんならもっと上手くまとめられるだろう。そう考えると、日本語は難しいって事と、今岡さんは凄いって事を改めて実感する。
「でも、見たまんま細かく言ってくれるのは有難いよ」
「それフォロー? それとも遠回しに『纏まってない』って事?」
「んー、次の質問行こっか」
声を出して2人で笑い合う。
そんなやり取りのお陰か少し力みが取れ、海の色は灰色に近い事、砂浜にはデカい石や流れてきたワカメ、ペットボトルの蓋やらが落ちている事など、あまりロマンチックではない海辺について次々と質問を終えていった。
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