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しどろもどろになる今岡さんに「手、握っていい?」と尋ねる。すると、びっくりしたように彼女は姿勢を伸ばした後、コクリと頷いた。それを確認してからそっと今岡さんの手に自分の手を重ねる。
多分、言いたい事は『幼馴染を忘れる為に付き合ったんじゃない』だろう。そして、その言葉はお世辞だ。
だからこそ、ここで話を止めたかった。
「ありがと」
この一言に多くの意味を乗せる。あの時、一瞬でも名前を肯定してくれて、『青空が似合う』と言ってくれて、告白を受け入れてくれて、気を遣ってくれて。
「俺、じゅーぶん幸せだから。それに、その…… 少しずつお互い知っていけば良いわけだし」
見えていなくても極力笑顔で今岡さんに言うと、少し照れながら大きく頷いてくれた。
知られたくない事が山ほどある癖に『知っていけば良い』なんて、よく言えたもんだと思う。
けれど、嘘とも言い切れない。
グレーのシートに年季を感じさせる汚れた白の壁と床、ゆらゆらと揺れるつり革と広告。白黒に近い車両の中、自分だけが鮮やかな世界に居るようなそんな感覚だった。幸せなのか、寂しいのか、曖昧なまま。
ただ、本質の『足立 青空』は変わらない。その事実がずっと鉛になって何処かに引っ掛かっている。
それを嘲笑うように、滑稽な俺を誰かが見つめていた事にも気付かずに。
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