1つ目『ちょうど俺も行こうとしてたんです』

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「お前、何かやりたい事とか、目指してる事、あんじゃないのか?」 「いや、文系じゃなければ何でも良いです」  そう言うと、横田はまた椅子を軋らせて口角を下げた。  自分で言うのも何だが、現代文以外ならそこそこ出来る。ただ現代文は本当に嫌いだ。“国語”って名前の時から。  そして将来の事に悩むのも嫌いだ。どっちも答えが曖昧で、どれだけ考えたって筆者の気持ちは筆者にしか分からないし、将来も未来の自分しか分からない。それを悩んで何の意味がある? 「まぁ、お前の進路だ。これ以上何も言わないが、もう少し深く考えても良いと思うぞ。何かあれば相談のるから」  横田のこの言葉が締めとなり、解放された俺は職員室を後にした。  ホント、横田は一人ひとりと向き合う良い先生だと思う。ただ、人間全員が横田の様に熱い訳じゃない。  俺は何事でも安牌(あんぱい)ならそれで良いと思う性格だ。  チャイムの音を後ろに学校を出ると、頬に突き刺さるような風が音を立てながら吹いていた。  見上げれば藍色と茜色のグラデーションが頭上に広がっている。真逆な色なのに、見入る程綺麗なのは本当に不思議だ。  でも、『青空』より断然良い。暑くないし。 『もう少し深く考えても良いと思うぞ』  確か、親にも前に言われたな。  小さい溜息を吐くと、疲れが白い息に変わって口から出ていく。  頑張るのも疲れるのも嫌いだ。だからこそ、頑張れる人が凄いと思うし、楽しそうで羨ましい。遠くのグラウンドから聞こえる何部かの掛け声が、よりそう思わせた。  でも、俺には無理だ。  黒のマフラーを鼻先まで上げ、ダッフルコートのポケットに手を突っ込む。マフラーの中で息を吐くと、湿った温もりが顔半分に広がった。
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