1つ目『ちょうど俺も行こうとしてたんです』

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 そのまま冷たい風にさらされながら歩くこと10分、ようやく駅に辿り着いた。といっても、特別駅内が暖かい訳もなく、定期を出そうとする手は悴んで動かしずらい。この寒さの中、ホームで電車を待つなんて地獄だろう。  カイロ代わりに自販機で暖かい飲み物でも買っておこうと、俺は改札に背を向けた。  その時、見覚えのある栗色が、俺の視界に映り込んだ。  それだけで、一瞬の戸惑いを表すみたいにギュッと胸が締め付けられる。体に変な力が入って動かない。しかし、栗色の綺麗なロングヘアは、俺に気付かずゆっくり遠ざかって行く。  どうにかして呼び止めたい。彼女の顔をちゃんと確認したい。普段ならこんな事絶対考えもしない癖に、そんな衝動が力んだ足を一歩動かした。  でも、もし、人違いだったら。もし、本人だったとしても俺の事覚えているのか。そんな考えが理性となり次の一歩を制止させる。  それが賢い判断だろう。偶々今日夢に出てきたからって、その日に出会うとか都合良すぎる。茶髪の女性なんてこの世にどれだけ居る事か。それに、もし奇跡が有ったとしてどうする? 俺に何が出来る?  遠回しの『辞めとけ』を復唱し踵を返そうとした時、遠ざかっていた栗色の髪の女性が人にぶつかり尻餅を付くのが見えた。  その瞬間、あれだけ考えていた言い訳達も綺麗に弾き飛ばされる。そして、俺の足は彼女へと駆け寄っていた。
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