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8つ目『先輩から呼ばれてて』
「『ここ、海辺じゃないけど言わせて。これからも――』なんだっけ?」
そう聞かれたのはあの日から8年近く経った時だろう。
当時の思い出を基に新作を書いている今岡 由希、ペンネーム青田 雪先生はパソコンのスクリーンから俺の方へと顔を向けた。と言っても、俺の姿は見えていない。栗色の瞳の視線は交じり合わないまま。
「先生が思い出してください。しがない校正者にはわかりかねます」
わざとビジネス口調で言い返すと、彼女は「けち」とそっぽを向く。その瞬間、後ろで結っていた栗色の髪がサラリと揺れた。
「校正者さんじゃなくて、あたしの彼氏として聞いてるんですけど。青空君」
彼女は絶対覚えてるだろう。それでも俺がどもるのが見たくてわざと聞いてくる。更には、彼女の呼ぶ『青空』に俺が弱いって事を知っての戦法だ。
「何回も同じ質問するからもう答えない」
あの時と変わらず綺麗で可愛い彼女に負けじと、俺も言い返しながらビジネスバックを引っ掴んだ。
「じゃあ、もうそろそろ行くよ」
「あ、もうそんな時間か」
そう言って彼女は椅子から降りると、玄関まで俺の後ろをついて来てくれる。
「そんな見送りとかいいのに。仕事の邪魔とかになってない?」
「丁度休憩入るから」
そうふわりと口角を上げた彼女。これだけ長く居るのに見惚れなくなる日はくるのだろうか。
「今日は何時ごろ帰ってくるの?」
革靴に片足を突っ込んだ時、そう尋ねられ動きが止まった。一旦落ち着きを取り戻す為に、バレないよう深呼吸する。
「あー…… 今日は先輩から呼ばれてて、多分遅くなる」
久々のこの感じ。心臓が脈打つのがわかる。どうかお願いだ。8つ目の嘘はまだバレないでくれ。
「……さては」
その言葉にぎくりとしながら視線を逸らす。久々すぎて嘘が下手になったか。
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