8つ目『先輩から呼ばれてて』

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「で、日曜どこ行くの? あ、季節物の服あったかな? てか、その前に美容院とか行かないと、執筆に集中しすぎて髪伸ばしっぱなしだし……」 「え、短くするの? その栗色の髪好きなのに」  ふと、思った事が口から零れる。すると、顔を真っ赤にしながら「糖度高いんだって……」と彼女は小声で呟いた。何の事だかさっぱりわからないけど、不機嫌って訳じゃなさそうだ。  その時、下駄箱に置いてある時計の針が視界に入った。 「……あ! 時間ヤバイ」  そうドタバタ慌てながら彼女のお見送りされた後、俺は最寄り駅まで全速力で走って行った。  ホームに着いた時、動悸を落ち着かせながら年甲斐も無い事するもんじゃないと後悔する。それに今は6月だ。クールビズが許されている会社で良かった。それと、ギリギリ勤務先の出版社にも間に合いそうだ。  電車を待っている間、スマホの画面を開き何度も確認したページを開く。 『日曜日 天気 晴れ』の表示は変わっていない。  すると、耳を劈く騒音が自分の目の前から響き渡った。それを合図に顔を上げる。今日の仕事、さっさと切り上げようという思いと共に。  そうだ。退勤後に取りに行く指輪は、日曜日まで何処に隠しておこうか。帰ってから、日曜日の行き先が海だってバレないよう何て誤魔化そうか。  プロポーズした時、由希は『それも嘘?』と揶揄うだろうか。日曜日はきっと暑いだろうな。  それでも良い。貴女が幸せそうに笑ってくれるなら。  だからどうか、青空と海が広がるベタな場所で、あの日の続きを伝えるまでは、僕の嘘を見つけないで。
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