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きっと、彼女が俺の知らない人だったら。昔、俺を助けてくれた人じゃなかったら。何とも言えない感情が、勝手に暴れる事なんてなかったのに。
「…… 『スターフロント』、ですか?」
心情を悟られない様に、ゆっくりと、声の震えを抑えながら聞き返す。すると、彼女はこくりと首を縦に振った。
一体、彼女に何があってこうなったのか。今回みたいに人にぶつかり何度も躓いていたのだろうか。勝手に募る心配を整理する事なんて出来る筈がない。
「すみません。お忙しかったですよね……」
次の言葉が出てこない俺のせいで、段々彼女は申し訳なさそうな表情になっていた。それが一層心を潰しにかかってくる。
「い、いえ。ちょうど俺も行こうとしてたんです。スターフロントに。案内しますよ」
『可哀そうと思う事が一番可哀そう』という言葉を聞いた事がある。きっと、気の強い彼女には、そういう言葉がピッタリだろう。
でも、弱い俺には無理だった。
それを自覚させられるぐらい自然に出た嘘と、鼻奥の痛み。それは身勝手な同情と、それを隠したい優柔不断さと、昔への恩と、複雑な物だった。
しかし、この嘘が全ての始まりになった事を、この時の俺はまだ知らない。
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