ぽろり。

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 今日も夕焼けを見ている。人通りの少ない県道、もくもくと煙を上げる工場。いつもと変わらない風景。  あの日以来、彼女は現れなくなった。ふと現れては、同じベンチに腰掛け、僕のことを話しては帰っていった彼女。消え去ったわけじゃない。彼女、母は僕の胸の中にいる。それは父も同様で、僕を支え続けてくれていた。いつも心配して、僕の幸せを願ってくれていたんだ。  風景は変わらないように見えて、実は少しずつ変化している。県道脇にある街路樹は季節に応じて色を変え、空はその日によって風貌を変える。変わってないのは、僕の方だった。  彼女と離れて以来、僕の中で何かが変わった。フリースクールに通いながら、高校進学を目指すようになった。フリースクールが悪い訳じゃない。落ちこぼれなんかじゃない。その選択をどう感じるかは自分次第だ。僕はまだ這い上がれる。  中学の勉強もろくにできないけど、ゆっくりでも前へ進む力が出てきた。全て、心に居る父と母の存在に気づかせてくれたおかげだ。  やっぱり夕暮れは嫌いだ。このもの悲しい空気には、一生慣れるとは思えない。しかし夕暮れは夜を招き、そして朝を向かい入れる。動から静へ、陽から陰へ。静かにゆっくりと流れる時間の中で、人も同じく変わっていけるんだ。  いつも飲んでた甘ったるいコーヒーではなく、ブラックコーヒーを買って、今日も僕はベンチに座る。一日の終わりを告げる夕日を見ながら、今日の自分にお疲れさまの一言を言ってあげるために。
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