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そして、とうとうシャーロットがグレイ家で過ごす最後の日になった——。
婚儀までにはまだ数日あるが、ウェディングドレスの最終調整や段取りの打ち合わせがあるので、すこし早めにウィンザー家へ向かうことになっているのだ。アーサーたち家族も同行する予定である。
「お父さま、お母さま、今日はひとりで考えたいことがあるので、部屋にいます。夜までそっとしておいてもらえませんか?」
「……わかった」
おそらくまだ心の整理がついていないのだろう。アーサーとしてはやはり家族と過ごしてほしかったが、それを押しつけるわけにはいかない。残念に思いながらも彼女の意思を尊重することにした。
「ありがとうございます」
シャーロットは申し訳なさそうに微笑むと、昼食用のサンドイッチと紅茶を用意して二階の自室にこもってしまった。なのでアーサーもひとり書斎にこもって仕事を片付けていたのだが——。
「お嬢さまが部屋から消えていました」
「どういうことだ?」
夕方になり、青ざめた侍女からそんな報告を受けた。
「部屋の窓がずっと大きく開いたままで、物音ひとつ聞こえなくて、お声をかけてもまったく返事がなくて……奥様に相談して扉を開けてみたら、お嬢さまの姿はどこにもありませんでした」
結婚が嫌で逃げた、のか——?
部屋にはサンドイッチも紅茶も手つかずで残っていた。置き手紙は見当たらない。カーテンがゆるくはためく窓のほうへ目を向けると、すぐ近くに木が見える。木登りの得意な彼女ならそこから庭に降りられそうだ。
だが、逃げるとしてもどこへ。金を持っていないので遠くへは行けないはずだが、彼女に同情して手引きした者がいないとも限らない。彼女と面識があるのは親族、教師、使用人くらいだろうか。
「エリザは手の空いているものと敷地内をくまなく探してほしい。メイソンはシャーロットと面識のある人物すべてに当たってほしい。同時に自警団にも捜索を依頼しておくように」
「畏まりました」
冷静に指示を出すと、控えていた侍女と家令はともに一礼して部屋をあとにする。すぐに侍女のパタパタという軽い足音が聞こえてきた。本来であればいくら急いでいても走るべきではないのだが、いまは咎める気になれない。
「わたしも探してみます」
動揺していた妻も、気を取り直したように足早に部屋から出て行った。
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