第5話 伯爵家の堅物当主は元同級生から離れられない

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「お嬢さまのお支度が終わりました」  つづいて侍女が報告に来た。  アーサーも妻もまだ一度もウェディングドレス姿を見ていない。そわそわしながら花嫁の控え室に向かい、先導していた侍女の手でゆっくりと扉が開かれると——アーサーは大きく息を飲んだ。  そこにいたシャーロットは、まるで天使か妖精のようだった。  純白のウェディングドレスは公爵家が用意しただけあって見事なもので、その方面に詳しくないアーサーにも上質で精緻であることが窺えた。そして何より彼女自身の可憐で清浄な美しさがそれに負けていないのだ。 「きれいよ、シャーロット」  ふいに隣の妻が感極まったようにそう声を震わせる。  アーサーも実感をこめて頷いた。ただ、本当に嫁いでいくのだという現実をあらためて突きつけられて、いまさらながら胸がつぶれそうなほど苦しくなってしまった。 「シャーロット、夫のウィンザー侯爵のことで何かあれば言ってきなさい。わたしのほうからできることがあるかもしれない」 「でも、あまり実家が出しゃばるのはよくないですよね?」 「まあ、そうだが……それでも本当に困ったときは躊躇わずに言ってきなさい。実家というより友人として話すつもりだから」  自分が頼めば、リチャードはそれなりに聞き入れてくれるはずだ。  彼の恋心を利用するようでいささか気が咎めるが、そもそも彼が恋心を暴走させたせいで彼女が犠牲になったのだから、このくらいのことは許されてしかるべきだろう。 「……はい」  シャーロットは当惑したような面持ちで話を聞いていたが、一呼吸して肯定の返事をすると、あらためて姿勢を正してまっすぐにアーサーたちを見据えた。 「お父さま、お母さま、これまで本当にありがとうございました。わたし、お二人のように幸せになります。だから、どうか心配なさらず笑って送り出してください」  そう告げてふわりと花が咲くように笑った。  アーサーは思わず隣の妻と目を見合わせてしまったが、すぐに二人してシャーロットのほうに向きなおると、彼女の願いどおりに微笑んでみせた。寂しさと不安と後ろめたさは心の中にしまいこんで。
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