第5話 伯爵家の堅物当主は元同級生から離れられない

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 花嫁の控え室を退出すると、そのすぐ傍らでグレイ家の執事がひっそりと待ち構えていた。そろそろ参列者が聖堂に入る時間だと知らせに来てくれたのだ。 「君は子供たちを連れて先に行ってくれ」 「あなたはどうするのです?」 「ウィンザー侯爵が間に合うか見てくる」  妻を執事に任せて、アーサーはそのまま花婿の控え室へ向かった。  扉のまえで足を止めてコンコンと軽くノックすると、どうぞと応じる声が中から聞こえてきた。それは間違いなくリチャード本人のものだ。急激に緊張が高まるのを自覚しながら、そろりと扉を開く——。 「アーサー!」  リチャードはパッとうれしそうに顔をかがやかせ、立ち上がった。  後ろから従者が黒髪を整えていたところのようだが、もう十分に整っているし、衣装もきっちりと着ているし、見たところだいたい支度は終わっているようだ。アーサーはほっと息をつく。 「どうやら間に合いそうですね」 「ああ……おまえにも心配かけたな」 「あなたは昔からいつもギリギリだ」 「それでも遅れたことはないよ」  リチャードは悪戯っぽく肩をすくめる。パブリックスクール時代を思い起こさせるやりとりに、アーサーもつい表情が緩んでしまう。 「ところで何の用だ?」 「いえ、あなたが結婚式に間に合うのか確認に来ただけです。気が気でなくて……シャーロットに惨めな思いはさせたくありませんから」  仕事なら責められないが、花嫁の父として心配するくらいのことは許されるだろう。そう思ったが、彼はどういうわけか急に怖いくらい真剣な顔になり、一気に間を詰めてアーサーの背後の扉にドンと勢いよく手をついた。  えっ——。  さらに息がふれあうくらいにグイッと顔を近づけ、覗き込んでくる。  思わずアーサーはびくりと体をこわばらせて息を殺した。まさか——これから娘と結婚しようというのに、この教会で宣誓しようというのに、よりによってどうしていまここでこんなことを。 「じょっ、冗談にしても……あまりこのようなことをなさるのは……」  冗談であってほしい、そう願いながらおずおずと探るような言葉を向ける。  それでも彼の表情はすこしも変わらなかった。アメジストのような紫の双眸で鋭くアーサーを射竦めたまま、さらに顔を近づけてくる。こらえきれずにアーサーはギュッと目をつむったが——。
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