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「おまえさ、俺がおまえに懸想してるだなんて本気で思ってるのか?」
「えっ……ぁ……えっ……?」
驚いて目を開くと、彼は呆れたような冷ややかな半眼でこちらを見ていた。しかしアーサーとしては何がなんだかわからないままで、困惑の声しか出ない。
「どうしてそれを……いえ、あの…………違うのですか?」
「おまえのことは友人としか思ったことがないし、そもそも俺は男色じゃない」
「……本当に?」
はぁ、と彼は盛大な溜息をついて体を起こした。
彼の顔が離れてアーサーはようやくほっと息をつくが、彼の言ったことはまだ信じきれずにいた。じっと訝しむような探るような目を向けていると、彼は何とも言えない微妙な面持ちで腕を組む。
「なあ、俺がおまえに懸想してるだなんてどうして思ったんだ?」
「同僚がそうではないかと……いえ、すぐにそれを信じたわけではなかったのですが、あなたが……結婚しないのはおまえのせいだ責任を取れなどと言うので、やはりそういうことなのかと……」
そう告げると、彼は眉をひそめながら首をひねる。
「そんなこと言ったか?」
「言いました」
確信したのはそのときなのではっきりと覚えているのだが、彼は記憶にないらしい。本当に懸想などしていないというのなら、いったいどういうつもりでそんなことを言ったのだろうか。
「まあ、何にせよおまえに懸想してるってのは完全な誤解だ」
「でしたらシャーロットとの結婚を望んだのはなぜですか?」
「ああ……」
彼はどこか緊張した面持ちでアーサーに向きなおり、口を開く。
「シャーロットとの結婚を望んだのはシャーロットが好きだからで、他意は一切ない。おまえが心配しなくても彼女のことは大事にするし、二人で幸せになるつもりだ。何せ十年も待ったんだからな」
「えっ?」
十年も待った? シャーロットのことが十年前から好きだった??
確かに十年前の誘拐事件のときにシャーロットと出会っているが、彼女はまだ五歳だった。そのときから結婚を意識していたというのはさすがに無理がある。写真で成長を見守るうちにということだろうか。
「ほら、時間だぞ」
「ですが……」
「またあとでな」
肩を押され、半ば強引に控え室から追い出された。
詳しく話を聞こうと思ったところだったので、何となくごまかされた気がしないでもないが、確かにもう時間はない。釈然としない心持ちのまま身を翻して歩き始める。
カツッ、カツッ、カツッ——。
無機質な靴音が一定のリズムを刻む。
それを意識することなく耳にしているうちに、何か言いようのない苦しさと寂しさが湧き上がり、足が止まった。たったひとつの音が消えた冷たい廊下にひとり佇む。
——シャーロットとの結婚を望んだのはシャーロットが好きだから。
——おまえのことは友人としか思ったことがない。
それが事実なら、きっとシャーロットのことを大事にしてくれるだろう。身代わりなどではなかったのだから。もうアーサーが心配する必要もないのかもしれない。ただ——。
「いっそ、嫌いなままでいたかった」
幽かな声がこぼれ落ちた。
瞬間、ハッと我にかえって顔を上げる。さいわい周囲を見まわしても誰ひとりいなかったが、それでも何か気まずくて、その場でゆっくりと深呼吸をして仕切りなおした。
よし——。
再び聖堂へ向かって歩き始める。その足が途中で止まることは、もうなかった。
<第5話「伯爵家の堅物当主は元同級生から離れられない」了>
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