落下する

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 玄関の前で何度か迷った挙句、結局インターホンを押した。  間抜けな音が鳴り響いて、それが止まって少ししてから扉が開いた。 「どうぞ」  亮が笑顔で迎え入れる。  靴も脱がずに、私は無言で亮に抱き着く。 「どうしたの」  亮は優しく尋ねる。 私は亮の存在を確かめるように、腕に力を込める。 「苦しいよ」亮は笑い声混じりにそう呟く。  亮がそっと唇を重ねてくる。私たちはもつれ合って、そのままベッドへ倒れこんだ。  一通り終わった後、亮は私の枕元に腰かけて煙草をふかしていた。 「昼間一緒にいた女って、誰?」  私が問い詰めるときにはいつもそうするように、亮は頭を掻きながら答える。 「何の話?」 「見たの」 「今日はずっとバイトだったよ」 「うそ」  長い沈黙の後、亮は諦めたように煙を吐いた。 「バイト先の後輩だよ。でもなにもない。傘が無くて、入れてもらって一緒に歩いていただけ」 「何もないなら」  自分の呼気が荒くなるのを感じる。 「なんで嘘をついたの」  理由なんて分かっている。こんなこと、問い詰めたって仕方ない。浮気なんてさせておけばいいのだ。  心の声とは裏腹に、私は声を押し殺して泣いていた。  亮は私の横に寝そべって、そっと頭を撫でてくれた。 「あの日に私が言ったこと、覚えてる?」  あの日。私は手を真っ赤に染めて、今みたいに泣いていた。あの時も、亮は優しく頭を撫でてくれていた。 「覚えてるなら、今度は亮が私に言って」  まだ泣き声のままだが、それでもかまわず言った。今の私にはあの言葉が必要なのだ。 「俺たちは、ずっと一緒だよ」  そう言った亮の声はどこか無機質で、暗闇の中に溶けて消えた。
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