32人が本棚に入れています
本棚に追加
玄関の前で何度か迷った挙句、結局インターホンを押した。
間抜けな音が鳴り響いて、それが止まって少ししてから扉が開いた。
「どうぞ」
亮が笑顔で迎え入れる。
靴も脱がずに、私は無言で亮に抱き着く。
「どうしたの」
亮は優しく尋ねる。
私は亮の存在を確かめるように、腕に力を込める。
「苦しいよ」亮は笑い声混じりにそう呟く。
亮がそっと唇を重ねてくる。私たちはもつれ合って、そのままベッドへ倒れこんだ。
一通り終わった後、亮は私の枕元に腰かけて煙草をふかしていた。
「昼間一緒にいた女って、誰?」
私が問い詰めるときにはいつもそうするように、亮は頭を掻きながら答える。
「何の話?」
「見たの」
「今日はずっとバイトだったよ」
「うそ」
長い沈黙の後、亮は諦めたように煙を吐いた。
「バイト先の後輩だよ。でもなにもない。傘が無くて、入れてもらって一緒に歩いていただけ」
「何もないなら」
自分の呼気が荒くなるのを感じる。
「なんで嘘をついたの」
理由なんて分かっている。こんなこと、問い詰めたって仕方ない。浮気なんてさせておけばいいのだ。
心の声とは裏腹に、私は声を押し殺して泣いていた。
亮は私の横に寝そべって、そっと頭を撫でてくれた。
「あの日に私が言ったこと、覚えてる?」
あの日。私は手を真っ赤に染めて、今みたいに泣いていた。あの時も、亮は優しく頭を撫でてくれていた。
「覚えてるなら、今度は亮が私に言って」
まだ泣き声のままだが、それでもかまわず言った。今の私にはあの言葉が必要なのだ。
「俺たちは、ずっと一緒だよ」
そう言った亮の声はどこか無機質で、暗闇の中に溶けて消えた。
最初のコメントを投稿しよう!