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待ち合わせ場所の喫茶店に早く着きすぎた私は、雨の降る景色を散漫と眺めていた。窓ガラスに雨粒が叩きつけられている。ガラスに張り付いた雨粒は、近くの雨粒と触れた瞬間に一つになって、自分の重さに耐えきれずに落下する。
まるで私みたいに。
「ごめん、待った?」
その声が私を現実に引き戻した。
友人の佐伯香鈴が息を切らしながら席に座ろうとしている。
時計の針は待ち合わせの時刻ちょうどを指している。ごめんなんて言う必要ないのにと思いながら、笑顔で首を振る。
店員さんを呼び止めて、いつものように注文する。私はコーヒー、香鈴はカフェラテを。
コーヒーを少しずつ飲みながら、他愛もない話をする。最近見た映画、芸能人のゴシップ、会社の先輩の愚痴、香鈴の兄弟が結婚した話。
会話が望まぬ方向へ流れていくのを感じながら、私は相槌を打つ。
「彼氏とはどう?順調?」
自然な流れのままに、香鈴はそう尋ねる。
「うん」
自分の顔が引きつっていないことを祈りながら答える。
「いいなあ!あんなイケメン捕まえて。今度、彼氏の友達を紹介してよ」
「今度ね。前に話してた会社の先輩はどうなったの?」
なんとか話題を逸らせた。安堵感が押し寄せる。
「それがさ――」
言いかけて、香鈴の言葉はそこで止まる。その表情から読み取れるのは、車にひき逃げされた猫を見た時のような、驚き、不快感、憤慨。視線は窓の外に向いていた。
「どうしたの?」
私は香鈴の視線を追って、窓の外を見た。雨が降り続けている通りは閑散としていて、人通りはほとんどない。
だから、一つの赤い傘の下で手をつないで歩いている男女はすぐに目に留まった。
男の方を、私は知っていた。
神崎亮。
「行かなくて大丈夫なの?」
香鈴はおそるおそるといった様子で尋ねる。
「いいの」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「いいのよ」
赤い傘の二人は、やがて見えなくなった。
二言目はきっと自分のために言っていた。
瞳に溜まった液体は、やがて重さに耐えきれず落下する。
まるで私みたいに。
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