夕方のオットセイ

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 オットセイのぬいぐるみを抱っこした。ぬいぐるみは私の腕の中でじっとしている。種類はミナミアメリカオットセイ。みなみちゃん、という名前にした。これをくれた人は、もう、このアパートにいない。いや、この部屋に、もっと言えば私の隣に座っていない。  浮気に気づくのが、もっと早ければ良かったのかな。ううん、浮気には気付いていたけれど、私はそれを伝えなかった。浮気をしているあの人を見ているのが好きだったから。  私はみなみちゃんを、ぎゅうと腕で絞めた。  浮気をしているあの人は、それは幸せそうで、どこか怯えていて。幸せと怯えの、夕方みたいな色合いの一本道を、辿々しく歩いていた。その歩き方、おかしいよ、ってずっと口には出さずに。私はあの人の前で笑っていた。  バランスをとっている気になっているあの人が、愛おしかった。  みなみちゃん、みなみちゃん、ここから見る夕方は綺麗だね。  夕方が夜になってしまったから、あの人は出て行ったに違いないのだ。幸せは夜の色なのだろう。  浮気相手がどんな人なのか、私は知らない。ただ、あの人が私に嘘をついた気になっている、その理由になっていることに感謝をしていた。  みなみちゃんと二人っきりで残されてみれば、あの人のこと、好きだったって理解できた。  私は私に隠さなければ良かった、物分かりが良いフリをして笑ったりしなければ。  みなみちゃんを床に置いて、八段のレターケースの上から三番目を引き出した。黒い持ち手のハサミを手に取る。 「ばいばい、みなみちゃん」  じょきじょき、と。  生温い音がするのに、みなみちゃんから出てくるのは、真っ白な綿だけだった。
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