1-2 生活とロリっ子JCプロデューサー

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 この日の演者はNew Portlandが最後。ライブの余韻もそこそこに、フロアへ簡易式の立ち飲みテーブルが設置されていく。あとの時間はバー営業というわけだ。  楽屋から出て来たナオヤと俺は設営の手伝い。ライブの出来や売り上げも大切だが、普段世話になっている分こういうところも手抜きはしたくない。  そのままフロアに残ってバータイムを楽しむ客は10人ほど。移動したすばるんとカエデちゃんのもとへファン対応を終えたナオヤと共に向かう。  八宮wave一の有望株とはいえ、まだまだ無名の域を出ない彼ら。出番後にフロアへ顔を出してもそれほど騒ぎにはならない。俺もだけど。 「カエデちゃん、コイツはナオヤ。これからガンガン売れるから今のうちにサイン貰っときな」 「アホ抜かせ……」 「はっ、はじめましてっ、佐々木楓っていいます! さっきのライブ、凄かったです! ビックリしちゃいましたっ!」 「……そりゃどーも」  緊張しまくりのカエデちゃんとは対照的に素っ気ない反応のナオヤである。ビックリって、音が大きくてビックリって意味だろ。感想としてどうよ。 「……で、これが例の……」 「はふっ、んぐむっ……ほんにひわナオヤひゃん。すばるんれふ」  今日三皿目のポテトを頬張りながら雑な返答をするすばるん。食いながら喋るのやめろって。 「今日は珍しくMCで煽ってましたね。いつも滅多にお話されないのに。ポテト美味しいですね」 「一人で全部食うなカエデちゃんにもやれ」 「……なぁ。すばるんだっけ」 「ふぁい? なんれふか?」 「アンタ、俺らのライブもしょっちゅう見てんだろ……実際のところどうなんだよ」  ポテトを頬張り続けるすばるんにナオヤが声を掛ける。珍しい、ライブの感想を求めることなど滅多にしないのに。 「…………楽曲は素晴らしいと思います。楽曲は」 「……あっそ」  簡潔だが忖度の無い分かりやすい返答に、ナオヤは深いため息を漏らす。  ちゃっかりナオヤだけ賞賛して他の要素は無視していると。こういうところ素直っていうか、物怖じしないから凄いよな、すばるん。褒めてない。まったく。 「おっ! なんだよ篠崎、可愛い子連れちゃってよォ! 俺にも貸してくれよ!」  ゲラゲラ笑いながらステージ脇から出没した長髪のデブ。奈良崎だ。New Portlandのお荷物、足枷、ガン細胞。ダメだ語彙力が足りない。もっと適した悪口がある筈。  後ろからギターの工藤もコソコソと着いて来ている。ナオヤとそう変わらない長身なのに猫背で今一つ存在感が無い。自信の無さが挙動に出ている。普段のやり取りもステージでも変わらない。  ……ったく、設営の手伝いすらしねえ癖に。カエデちゃん見付けて出てきやがったな。これだから好きにならねえんだ。  奈良崎はカエデちゃんの隣を陣取ろうと歩み寄るが、これを素早く察知し動き出して間を埋めた。我ながらファインプレー。  声も図体もデカい奈良崎にカエデちゃんは露骨に怯えている。が、一切気にも掛けずニヤニヤ笑いながら彼女へ話し掛ける奈良崎。 「ねえねえ、名前なんて言うの?」 「あ、コイツ無視して良いから」 「アァ? んだよ篠崎、偶然数字伸びたからって調子乗って女引き回してんじゃねえぞお? あんな誰でも作れるクソみたいな曲なぁ……」 「やっ、やめなってナラさん……」 「アァっ!? うるせえな工藤、こういう調子扱いてる奴はなぁ、一回痛い目見とかねえとダメなんだよ! なぁ神田さぁんっ!」  工藤の制止を振り切り奈良崎は神田さんにも絡む。こちらのやり取りにはあまり関心が無いのか。カウンターの奥でスマホを弄る神田さんは、俺に一瞬だけ視線を寄越して眉を吊り上げる。  自分たちで収めろってことか。或いは奈良崎と絡みたくないかのどっちかだ。あの人も好き嫌い激しいよな。故に気が合うわけだが。 「おいおい伊東さんよぉ。見ろよこのザマ。自分はステージにも立たねえで女連れ回してビビり散らかしてよぉ、笑えるぜっ!」 「工藤。ビール頼んで」 「うん? わ、分かった」  奈良崎の問い掛けを無視し工藤をパシリに使うナオヤ。作詞作曲全部ナオヤがやってるし、工藤一番年下だからな。透けて見える上下関係。 「へっ、堕ちるとこまで堕ちたお前とは飲みたくねえってよ! お前みてぇな技術も信念もねぇザコとは伊東も付き合い切れ……」 「奈良崎」 「アッ?」 「お前、クビ」 「…………ハァぁッ!?」  突然の解雇通告に驚きを露わにする奈良崎。  あまりの大声にフロアからも好奇の視線が。  って、いやいやいや。いきなりどうしたナオヤ。この場を収めるためにメンバーチェンジって、冗談にしてもやり過ぎじゃ……。 「き、急になんだよテメェッ!?」 「急でもなんでもねえよ……今日のライブで確信した。バックがお前じゃ安心して預けられねえ。ここ最近のモチベーションの低さも気に食わん。以上」 「アアアッ!? っざけんなよッ! テメェ曲作ってるからってあんま調子乗ってっと……!」 「そ、そうだよ伊東くん! クビは無いって……ほっ、ほら、もし技術的な問題なら、俺たちもっと頑張るからさ……っ!」  ビール両手に戻って来た工藤も奈良崎の援護に回る。三人組で一対二の構図ではあまりに不利な状況のナオヤだが、そんなことなどどこ吹く風。 「じゃあ、いいわ。お前も抜けろ工藤」 「ちょっ、ナオヤ!?」 「誰かさんが答えを出してくれたよ。楽曲だけは良い……つまりライブは最悪ってわけだ。ライブに魅力の無いバンドがどうやって生き残ってくんだよ。なあユーマ」 「いや、それはそうだけど……」  どうやらライブ中に感じていた問題点をナオヤもずっと気にしていたようで。すばるんの指摘を受け確信へと変えたらしい。  事実、この二人はナオヤの技術とパフォーマンスに着いて行けていない。ナオヤの理想とする音楽を体現するに値しないプレーヤーであることは確かだ……だが、そう簡単に解散と言っても。 「ちょっと待ってって伊東くん!? 次のライブ水曜でしょ!? 今からキャンセルしたらノルマ分払わないといけないじゃん!」 「そ、そうだってッ! 別に良いけどよぉっ、オレもそろそろ潮時じゃねえかって思ってたしなッ! 良いよ、こっちから辞めてやるよ……でもキャンセル代は払えねえ! お前も分かってんだろ!?」  そう。New Portlandの次のライブは俺と同じイベント、水曜の夜。今ここで解散してライブに出ないとなると、New Portlandの分で予約されたチケットはキャンセルになってしまう。  売れないミュージシャンにとっては死活問題だ。取り分を貰うどころか逆に払わなければいけないくらいなら、多少のいざこざを抱えてでもステージに立ちたいのが内情。 「金? 良いよ、いくら?」 「…………ハッ?」 「いくら欲しいかって聞いてんだよ」  ナオヤはジーンズから財布を取り出し奈良崎へと投げ付ける。慌ててキャッチしたそれを奈良崎が開くと…………え、なんかメッチャ入ってる!? 「そのまま持ってけ。カードもなんもねえし。工藤と分けるなり好きにしろ…………ただし、八宮waveに二度と顔を出さないって条件付きだ。New Portlandは俺一人で続ける。良いな」 「…………ハッ。分かったよ。じゃあ受け取ってやる……こんなクソみてぇなハコでクソバンド続けたってなんの意味もねえしな! おい、行くぞ工藤ッ!」 「ええっ!? ちょ、ナラさんっ!?」  顔を真っ赤にして玄関へ向かう奈良崎を、工藤もテーブルにビールを置いて慌てて追い掛ける。  すると、事の顛末をボーっとした顔で眺めていたすばるんがスッと彼らの前に立ち塞がる。なんだ、なにを言う気だ? 「なっ、なんだよテメェ!」 「…………フッ。いえ、別に。なんでも」 「……チッ!!」  派手な舌打ちを置き土産に階段へと消えていく二人の背中を、すばるんはビックリするくらい冷めた瞳で見つめ続けていた。  ……まぁ、すばるんも気に食わないだろうな。金の問題さえクリアされたら簡単に辞めていくバンドマンなんて。彼女が一番嫌いそうな性格と言動だ。  いや、その。丸く収まったみたいになってるところ悪いんだけど。  カエデちゃんをダル絡みから守ろうとしただけなのに、なんでNew Portland二人脱退してるの? ええっ……? 「……神田さん」 「んだよ」 「久しぶりに一発、どうすか」 「まぁ、別にいいけど」 「すんません、迷惑掛けます。で、ユーマ」 「な、なに?」 「水曜。サポート宜しく」 「……そ、そうなりますよねぇ~……」
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