1-2 生活とロリっ子JCプロデューサー

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 即席の路上ライブは30分近くに及んだ。  昨日の持ち時間とほとんど同じ。貧乏アーティストたるもの楽曲を安売りしている場合ではなかろうに、どういうわけか右手のストロークが止まらないものだから、困った困った。 「……どう?」 「すっ、素晴らしいです……っ! これまでの楽曲よりも、聴きやすさが段違いなのですっ! 暑苦しさはそのままに押し付けがましい感じが無くなって、サッパリした印象というか……もしかしたら今まで一番好きかも……っ」  最後に披露した新曲の感想を拍手混じりに語るすばるん。  押し付けがましいって、お前ですらそう思ってるのかよ。って、前も似たようなこと言われたな。まぁ良いや。  新曲の出来具合は上々のようだ。実はこれ、スタバを作る過程で「今までと同じじゃ意味が無い」と一回ボツにしたんだよな。  売れ線を意識しつつ作ったおかげで、逆にスッキリとした聴きやすい曲に纏まっていたのだろうか。だとしたらスタバも何の役にも立たなかったってわけでもなさそうだな。ゴミ曲に変わりは無いが。 「タイトルはなんて言うんですか?」 「いや、まだ決まってない。というか、歌詞もこれで決まりじゃないんだ。ちょっと語呂が悪いっていうか」 「あぁ、それは確かに思ったかもですっ……でっ、では私も考えてみます! そうですねっ……」  頭をグルグル回してタイトルと歌詞のアイデアを捻り出そうとするすばるん。絶妙に年寄り臭い仕草だな。梅雨時に首が痛み出すオッサンかよ。 「なんとなく、なんとなくですが……この曲は夜のステージが似合いそうです。それも室内ではなく、この場所のような……広々とした空間が似合う、そんなイメージですっ。あっ、じゃあ「プラネタリウム」というタイトルはどうでしょう!」 「うーん……ピンと来ねえな」 「でっ、では「天体観測」というのは……」 「第一人者が偉大過ぎるからちょっと」 「なら「キャンプファイヤー」だったら!」 「野外イベントに飢え過ぎじゃね?」  ネーミングセンスが無いことだけは良く分かった。二度と頼まんとこう。機会があったら連れて行こう、プラネタリウム。たぶん無いけど。ゴールデンウイーク終わったら帰るしこの子。  まぁ今考えても仕方ないか。ていうかマジで良い天気過ぎる。流石は五月の頭、昼寝には持って来いのお日さま加減だ……眠くなって来る。 「ちょっと横になるわ……その辺で適当に遊んでて良いよ。あっちにログハウスとかあるし。小学生までしか遊べんけど、すばるんなら行けるっしょ」 「せっかく乗り気だったのに、その理由付けで激しくやる気を失いました……」  ならお相手します、とすばるんも芝生へ寝転ぶ。右隣でモゾモゾ動く全身真っ黒の物体。近所のイ○ヤにこういう抱き枕売ってたな。どうでもいいか。  女の子と二人で公園デートと考えれば悪くもない空間だが、ひらすらに年齢と関係性だけがネックだなぁ。なんなんだよこの絵面ホントに。 「…………あの、ユーマさん」 「んー。どした」 「ユーマさんは、どうして音楽を始められたんですか? そのっ……あまりそういうことをツブヤイターでもお話されないじゃないですか。インタビュー記事はいくら探してもありませんし、ずっと聞いてみたかったんです」 「最後のが余計だと何故気付かない?」  始めた理由、か。  確かに喋ったこと無いな。誰にも。  人に語るような内容じゃないんだよ。  こんな、誰でも言えちゃうようなことさ。 「…………まぁ、昔話になっちゃうけど」 「はい、聞きますっ」 「……すっげえさ。中途半端なガキだったんだよ。勉強もスポーツも真ん中くらいで、特別陰キャでもねえけど、めちゃくちゃ面白い人間でもねえ。日本全国どこにでもいる本当に普通の学生。特別な才能とか、なんも無かったんだよ」  無味無臭。毒にも薬にも、肉にも魚にもならないような存在。それが俺、篠崎佑磨だった。飛び抜けた個性が無ければ、致命的な欠点も無い。量産型。  普通に生きて、普通に成功して、普通に失敗して。でもそれは、誰だって経験することで。俺は俺にとっても、誰かにとっても特別な人間では無くて。  何か一つ。他の誰かとは違う。  篠崎佑磨だけの。俺にしか表現できない。  絶対的な、強烈な個性が欲しかった。 「……そういう自分が嫌になっちまってさ。高校も途中から行かなくなった。全員が経験する当たり前の過程をスッ飛ばしちまえば、なんか変わるかと思って。んでもって、学も常識もねえ凡人以下のニートが誕生したわけよ」 「……ギターを始めたのはその頃ですか?」 「親父の昔の趣味でさ、実家にギターがあったんだよ。暇潰しにずーっと弾いてたわけ。だから別に、メチャクチャ音楽が、ロックが好きで始めたわけじゃねえんだ」  ブルースロックに傾倒したのも偶々だ。  他のジャンルに興味が無かったわけでもないが。 「単純な話よ。自分を表現出来る、自分が考えている、思っていることをストレートに出せる音楽が、偶々ブルースで、ロックンロールだった。そんだけ」 「……でも、好きなんですよね」 「うん。大好き。愛してる。コイツらの力を借りると、俺が俺じゃなくなるみたいで、すっげえ気持ち良いんだ。初めてオリジナル作ったときなんかもう、震えたね。これこそが俺の求めていた唯一の武器で、個性なんだって……」  要するには俺は、誰かから認めて欲しかったんだと思う。人とは違う感性を持っていて、有象無象の連中とは一線を画した、になりたかった。  ブルースの魔力に憑り付かれているその瞬間だけ、俺は俺じゃなくなり、俺になる。篠崎佑磨は、世界でたった一人のシノザキユーマになれるんだ。 「誰にでも出来る、みんなが好きになることをやったって意味がねえんだよ。なのにさ、普遍的なモノを嫌っておいて、気付いたら自分がになり掛けてて……俺の目指してる姿ってなんなんだろうって」 「…………なら、安心ですねっ」 「えっ?」  ホッとしたと顔に書き記したが如く、すばるんは頬をだらしなく落としニッコリと微笑む。 「確かにスタバを聴いたとき、本当にガッカリしました。失望しました。ユーマさんの根底にあるものが揺らいでしまったのかと、とっても不安でした。もうあの頃のユーマさんが返って来ないんじゃないかって、それだけが心配で……」 「……そっか。ごめんな」 「いえ。それが寄り道だと、ユーマさんが大切にしているものは変わっていないと分かっただけで、十分です。プロデューサーになった甲斐がありました」  そうだ。俺の根底は、信じ抜いて来たモノは今もブレていない。あの頃からずっと抱いている漠然とした不安を、希望を、絶望を。俺は今日も信じ、縋り続けている。  寄り道、か。  本当にそうなら、良いんだけどな。 「だったらもう少しまともな仕事しろよ」 「してるじゃないですか。SNS戦略というこれまでに無いアプローチでユーマさんに貢献しています」 「……まっ、そういうことにしとくわ」 「なっ、なんですかその不満げな顔はっ!」  腕を掴んで激しく暴れ回る。まったく、大人びているのか子どもっぽいのか、どっちかハッキリして欲しい。  ホント、ソックリだよな。持ち合わせの情動だけで辛うじて生きているのに、変なところで背伸びして、大人ぶってさ。  でも、だからこそなのかもしれない。背丈は似ても似つかないけれど、実は同じペース、歩幅で生きている俺たち。この関係性も、もしかしたら必然だったのかも。  なんて、言ってやらないけどな。  お前とは違うよ。たぶん。たぶんな。  インタビュアーすばるんからの質疑応答に答え続け、お昼を過ぎたところでお腹も空いたと一旦家へ帰ることに。  連日コーンフレークは飽き飽きだろうとコンビニで適当におにぎりを幾つか買って行く。本当はもっと量の多いお弁当とか、なんだったら外食が良かったけど。  家に着いたら早速すばるんはローラー作戦へ。俺は新曲のテコ入れをすることになった。100円の小さなおにぎり片手にデスクトップへ向かう彼女を眺めていると、貧乏は貧乏なりに楽しく過ごせるものだと、思ったり、思わなかったり。 「さてさて、今日は私のパソコンも導入してハードワークなのですっ……って、あれ? ユーマさん、パソコンが反応しませんよ」 「えっ。ケーブルなら繋ぎっぱなしだけど」 「ユーマさん! 部屋の明かりも点かないです!」 「なんだとォッ!?」  家中のスイッチを何度もパチパチ入り切りするが、ちっとも反応を示さない。まさか……電気止められた!? 「んだよっ、朝は使えたじゃねえか!」 「ユーマさん、これです、これっ! 三か月前の分がほったらかしになってます!」 「えっ、マジで!? うわっ、ホントだ払ってねえ……最悪……ッ!」 「ユーマさんっ、コンビニへダッシュ、ダッシュです! 急ぐのですっ!」 「分かっとるわ!!」  未納分の支払い書を受け取り家を飛び出す。  これ払ったら給料日までマジでカツカツだ……。 (……足りねえなあ、なんも)  心許ない財布の中身か、今日日へ至る自身への不満なのか。あるいはその両方かも分からないが、そう考えた時点で時点である種の敗北ように思えた。  漠然とした不安を消し去るには、安いおにぎり一つやすぐに復旧するであろう電気じゃ到底足りなかった。  情熱は。信念は。ちんけなプライドは。  を満たしてくれるのだろうか。  その先に、どんな景色が待っているのだろう。  取りあえず目の前にコンビニはあるけど。
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