1-3 帰ってくれ、ロリっ子JCプロデューサー

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 隣で暮らす大学生が友達を連れてどんちゃん騒ぎを始めたおかげで、ギターを鳴らす音も喧騒に紛れている。大家から文句を言われる心配は万に一つもいらない。  曲作りに励んでいると、すばるんはいつの間にかSNSの巡回を止めこちらの演奏を正座して眺めていた。憧れのアーティストが目の前で曲作ってるわけだからな。この反応は正しいかも分からん。 「……出来た」 「えっ、早い!?」 「集中すればこんなモンよ」  上京してからの三年間で作ったオリジナルソングは15曲にも満たないが、これはまぁなんというか、俺の性格的な問題だった。作るときは一瞬だが、取り掛かるまでに時間が掛かってしまうのである。  アイデアは「降って来るもの」「素材を捏ねて捏ねて引き摺り出すもの」という主張でおおよそ二分割されているが、俺は圧倒的に前者であった。  それ故に中途半端なものしか作れないと指摘されてしまったらもう首を垂れるしか無いわけだが。 「じゃ、行くぞ」 「はいっ、お願いします!」  Cのコードから始まり、拙い演奏が繰り広げられていった。もうちょっと上手くなりたいんだけどな。でもこれ以上どう練習すれば良いかも分からねえや。  およそ二分半ほどの短い曲。一番二番と歌い切りご丁寧にCメロまで付けて、ハイテンポのBPMでブッ千切り弦を弾かせる。 「…………どう?」  恐る恐る尋ねると、すばるんはゆっくりと小さな拍手を送りながらも絶妙に決まりの悪い顔をしていた。どうやらお気に召さなかったらしい。 「……正直に言っても良いですか?」 「おう。正直に言ってくれ」 「…………凄く、既視感のある曲でした。ユーマさんの特徴的な声と速いテンポでうっかり見落としてしまいそうになったのですが……」  音楽理論には疎いすばるんだが、この辺りは流石に鋭い。隠していたわけではないが、ああ、やっぱりバレたなと似たようなことを考えている。 「コードは単純だよ。C、G、Am、F、これの繰り返し。ほら、あれ。レリゴーと一緒。あとレリビーも」 「そ、そうですよねっ! 映画観ましたっ! とても物凄くつまらなかったのでよく覚えています!」  当然のようにつまらないとか言うな。  マイナー厨通り越して逆張りだぞそれ。 「……どっ、どうしてですかっ? こういう曲は嫌いなんじゃないですか?」 「嫌いっつうか、ありきたりだから使いたくねえんだよ。でもほら、テンポを早めたり場面ごとにアクセントを付けると、全然違う曲に聴こえて来るだろ?」 「それはっ……確かに、そうですが……」  納得行かなそうに唇を尖らせる。  ……そんなに王道のコード進行が気に入らないのか。別にそれが問題じゃないと思うんだけどな。  ブルース進行だけではどうしても作れる曲に限りがあるし、どれだけ自分らしさを詰め込めるかが大事だと思うんだけど。 「本当に……ユーマさんの、ユーマさんの想いが詰まった楽曲だと、胸を張って言うことが出来ますか? この曲は……」 「俺の作った曲ならそうなんじゃねえの? スタバみたいに歌詞もメロディーも挿げ替えているわけじゃねえし」 「……なら、良いんですけど」  小さくため息を漏らし、ワイヤレスイヤホンを装着しSNSの巡回作業に戻って来てしまった。耳元から俺の過去の楽曲が音漏れしている。  ……なんだよ、その態度は。まるで新しい曲より前の曲の方が好きだと言わんばかりの反応だな。こっちだって持ち合わせの技術とアイデア詰め込んで必死に作ってるっていうのに。 「……なぁすばるん。俺だってさ、こういう曲を軸にしていくつもりはねえよ。でもさ、楽曲に幅があること自体は良いじゃねえか」 「…………幅、ですか」 「今まで俺の曲に見向きもしなかった奴らが、こういう曲をキッカケにして……スタバを基準にされたら困るけどな。でも、ちょっとずつ他の曲も好きになってってくれるかもしれないだろ?」  この家にやって来た日、すばるんは「入り口を広めるコツはズルだ」と言っていた。これだって同じ話の筈だ。  今までの楽曲は、もしかしたらURLをクリックした次の瞬間にブラウザバックされていたのかもしれない。俺の音楽は、決して万人受けするものじゃないから。  でも、少しだけ聴きやすい、耳馴染みのある音を混ぜておけば残りの部分も聴いてくれるかもしれない。そして数字へ、結果へと繋がるのだ。 「……私は知っています。今まで沢山の個性溢れるアーティストが、メジャーという凝り固まった場所で方針転換を迫られ、元いたファンを失って、解散して……」 「その時はその時だろ。まだメジャーどころかマイナーにも足りないようなミュージシャンだぜ。すばるんが言ったんだろ、どんな名曲も聴いてくれる人が居なきゃただの雑音だって」 「……でも……でもっ……!」 「これもすばるんが言ったことだよ。大切なものをブレずに持ち続けていれば大丈夫だろ? 俺はそう簡単に変わったりしな……」 「でもっ、ユーマさんっ!!」  一際大きな声に、ギターを抱えていた右手が零れ落ちて。どう取り繕ってもメロディーとは呼び難い不協和音が六畳一間に響き渡った。  目に見えない何かに対する焦燥感を顔全体に漂わせ、怒りとも、悲しみとも取れぬ興奮を瞳に宿している。 「ユーマさんの言ってること、私も思ってるんです! でもっ、何かが違うんです……とても恐ろしいものを目の当たりにしている気がするんです……っ!」 「……すばるん?」 「ユーマさんっ、ちゃんと私の目を見て、ハッキリと言ってください。本当にこの曲は、ユーマさんの曲ですか? ユーマさんにしか歌えない、ユーマさんの音楽なんですかっ? ユーマさんの大事なモノ…………ちゃんと、詰まってますか……?」  酷く哀願的なオーラを漂わせ、救いを求めるような瞳で俺を見つめる。  なんだよ、それ。  どんだけ信用ねえんだよ。  もう良いよ。すばるん。  そういう話は辞めようって。 「…………俺にしか歌えない歌なんて、ねえよ。ブルースロックだって俺が編み出しわけじゃねえ。所詮は誰かのコピー、二番煎じだろ」 「……ユーマさん……っ!?」 「こだわったところで誰にも気付かれないんじゃ意味がねえ。すばるんも、そういう俺を変えたくてわざわざ押し掛けて来たんだろ」 「ちっ、違いますっ!! 私は本当に、今のユーマさんのままでも売れることが出来るって……ユーマさんにしか出来ないことがあるって、本気で信じてるんですっ! ちょっとだけコツを掴めば、上手く宣伝出来れば……っ!」 「やめろッッ!!」  指し伸ばされた手を払い除け、鈍い破裂音が夜の静寂に木霊した。赤く腫れた右手を抑えると、彼女の顔は信じられないものを見たように蒼褪める。 「…………もうウンザリなんだよッ……先も見えねえ、金の心配ばっかりのクソみたいな生活は……どんだけ愛したって、信じたって……ヤツは俺のことなんか見向きもしねえ、救ってもくれねえんだよ……ッ!!」 「…………ユーマ、さん……っ」 「そんな音楽が、誰の心に耳に届くんだよ、誰の心に刺さるんだよ……自分のことすら救えねえ音楽がッ、誰を救うってんだよッ!? なあッッ!!」  いとも簡単に息を切らしてしまったのは、まともに行っていない発声練習の弊害ではなかった。  酷く怯えた様子でぱたぱたと涙を流す彼女が網膜に飛び込んで来て、これ以上何を言う気にもなれなかったからだ。  最悪だ。何をしているんだ俺は。  たった一人のファンに。まだ中学生の小さな女の子に。俺は、こんな大人げない、夢も希望も無いことを———— 「…………ごめん。言い過ぎ……」 「わたし、お風呂に入りますっ。あんまりお水使わないようにするので、心配しないでくださいっ!」 「えっ……すばるんっ?」 「ユーマさんも、少し休憩した方が良いと思います! 偶には何もせずボーっとテレビを見るのも良いと思いますよっ! では、行って来ますね!」  立ち上がりキャリーケースから着替えを取り出すと、慌てた足取りで浴室へと飛び込んで行く。一刻も早くこの場から逃げ出したい、そんな思いが透けるようで。  一人取り残された俺は言われれるがまま、なにを考えるわけでもなくリモコンを握ってテレビの電源を点けた。例のクイズ番組が終わり、やはり名前も分からないバラエティー番組がそのまま始まる。  暫くするとシャワーの音が聞こえた。カビだらけの床を打ち付ける水滴は、まるで止めどなく流れる涙のようだ。
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