1-4 さよなら、ロリっ子JCプロデューサー

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(ウッソだろ……ッ!?)  およそ30分のライブを終え、Nostalgiaがステージ脇へとハケていく。袖から様子を眺めていた俺は、たどたどしい足取りで控室へと戻っていく丹波さんに声を掛けることすら出来ず、もぬけの殻となったステージとフロアを見つめるばかり。 (こんなことって……ッ!!)  丹波さんの宣言通り、Nostalgiaはオファーのきっかけとなった新曲を披露せずにステージを終えた。  それでもハードでキャッチーな彼ららしいライブに変わりは無く。ステージングに定評のあるという評論家の考察通り、心と身体を揺らす熱いライブを披露した。彼らのすべてが詰まった、最高のライブだった。だった、のに。 「あーあー。やっちゃったね~Nostalgia」 「こりゃ評判に響くね~」 「まぁ次はねえだろうなー」  同じく舞台袖でライブの様子を窺っていた出演者たちが、さも当然のことだと言わんばかりにそんなことを呟いている。まるで彼らの失態を予期していたかのようだ。  反応が無い。  この一言に尽きる。  確かに登坂スターダムの観客は若い層が多い。割合としては女性が目立ち、所謂Nostalgiaのようなパンクロックを軸とするバンドのライブには慣れていないように見受けられた。  だがそれにしたって、この冷め切ったフロアはいったいどういうことだ。重低音に身体を揺らすような客はほとんど居なかったし、この手のバンドに有りがちなモッシュダイブもまったく起こらない。  ただ漠然と彼らの音楽を眺め、淡々と冷めた拍手を送るだけ。ライブ中にスマートフォンを取り出すなど言語道断だろうに、終いには地面へ座り込んでステージをまったく見ない客まで現れた。 (こんなに差が出るものなのか……!?)  つまるところ、Nostalgiaの音楽と登坂スターダムの観客は、まるで噛み合わなかったのだ。  音楽の趣向が異なるだけで、ここまでステージとフロアに乖離が生まれるものなのか。いや、そうじゃない。あれは「普段聴いているジャンルが違うから」なんてしょうもない理由では片付けられないものだ。  拒絶。  否定。  嫌悪。  彼らはステージに立っただけ。  ただ演奏しただけ。歌っただけ。  あんなの、ライブじゃない———— 「これで分かったでしょ? 篠崎くん」  ふと気が付くと、隣には二階堂が立っていた。サングラス越しでも伝わる、卑しさに満ちた無粋な綻び。 「だから言ったんだよな~。求められているのは新曲でキミたち自身じゃないって……もっとハッキリ伝えておけば良かったよ」 「……なんなんすか、これ……ッ」 「見たままの通りだよ。あのね、今どき暑苦しいパンクロックなんて誰も求めてないの。ウチのお客さんはそういうとこ厳しいんだよ~。売れそうにない、スターにはなれそうにない連中は即シャットアウト! って感じ~?」  直前リハを終え、すぐ次のアーティストの出番がやって来た。インターネットでの活動が中心の歌い手出身だという男で、音源はパソコンから同期で流している。  イントロが流れると同時に、冷え切っていたフロアは割れんばかりの大歓声に包まれた。まるでNostalgiaで消化不良だった分を取り戻さんとする勢いだ。  どこかで聴いたことがあると思ったら、ボーカロイドの有名な楽曲。勿論、あの男のオリジナルではない。  お世辞にも上手いとは言えないレベル。だが間違いなく、Nostalgiaのライブよりも盛り上がりを見せている。  こんなのただのカラオケだ。あんな顔くらいしか取り柄の無い、ミュージシャンと名乗るにも烏滸がましいレベルの奴が、どうして……。 「……サクラでも用意したんですか?」 「まっさか~! みんなちゃーんとチケット買って観に来てくれた普通のお客さんだよ……まぁ分かりやすく言うと、これが世論ってやつだよね~」  底意地の悪い顔で、ハッハッハと乾いた笑いを飛ばす二階堂。続けて彼はこのように語った。 「音楽ってのはさ、普遍的じゃなきゃいけないんだよ。そもそも趣味嗜好の一つとして音楽という概念自体が眉唾物な時代なんだ……自分だけが知っている特別な存在とか、なんの利益ももたらさないんだよね」 「みんなが知っている共通のトピック。誰もが憧れるスター。これこそが日本社会に必要だ。だってみんな、乗り遅れたくないでしょ? 人と違うのは怖いでしょ? はみ出したくないでしょ? たかが音楽の趣味一つで群れから外れるのは嫌だよね~」  なんだ、そのしたり顔は。  調子に乗るな。履き違えるな。  神にでもなったつもりか。 「新しい音楽とか、革新的な技術とか、必要無いんだよ。僕たちが求めているのは単なる顔役、入れ物に過ぎない」 「あんパンの顔したヒーローは何度顔を入れ替えたって子どもたちのヒーローだ。ばい菌という悪役は必要でも、彼の親友とか、ライバルとか要らないんだよね~。邪魔なのよ、無駄無駄、そういうの」 「キミたちアーティストにとっても決して悪い話ではないんだよ。予め決められた成功への道が用意されていて、それに乗っかるだけ。あとは偉い大人が代わりに頑張ってくれるんだから。むしろ恵まれているよ、今の若い子たちはさ~」 「……でも、そのレールから外れるなら。大人の仕事の邪魔をするってなら……僕たちも容赦は出来ないよね~。だって、そうだろ? こっちも命懸けでビジネスやってるんだから、危険分子は排除しないと。ねえ、違う?」  違う。  違う、違う、ちがう。  そんな話は聞きたくない。  俺は売れるために、成功するために、金を稼ぐために音楽をやっているんじゃない。ただ理想とする自分へ近付くために、俺が俺になるために必要な手段が音楽で、ブルースで、ロックンロールなんだ。  俺だけじゃない。Nostalgiaだって、ナオヤだって、玲奈だってそうだ。自分という価値を、存在を証明するために。音楽という小さな枠組みで。たった一つのプライドのなかで必死に足掻いている。  安っぽい商業音楽に魂を売るつもりは無い。二階堂の言葉は、理念は。音楽を愛する人間すべてへの冒涜だ。こんなものが許されて良い筈がない。  でも、俺は。俺たちは。  俺たちの愛した音楽は。  誰からも、求められれない。  受け入れられない。許されない。  本当にそうなのか?  何もかも無駄で、価値の無いものなのか?  そんなはずない。  そんなこと、あっていいわけない。    俺は。俺たちは。俺たちの音楽は。  必ず己を、誰かを救えるんだ。  友は。ライバルは。そして、彼女は。  言ってくれたんだ。この音楽が必要だって。 (……クソ……くそォ……ッ゛!!)  脚が竦む。心臓は激しく揺れ動く。  怖い。あまりにも、恐ろしい。  あんなに大好きなライブが。  憧れのステージが。大勢の観客が。  何もかも、俺の敵なのか————? 「期待しているよ、篠崎くん。キミにスターの資格があるのかどうか、とくと見させてもらおうか」  肩へ手を置いて、二階堂はその場から離れていく。  いらない。スターの資格なんて。俺には。  俺が欲しいのは、ただ一つ。  ここにいる証拠。生きているという証明。  そのために、この音楽が。  愛した音楽が必要なんだ。  ただそれだけのことなのに。  どうして、こんなに怖いんだ。  ステージの男は歌も演奏も止めて、長ったらしいMCに興じている。飛び交う黄色い声援。暑苦しいほどのスポットライト。悪戯に費やされていく時間。  洗いたての安いジーンズが小刻みに揺れている。取り出したスマートフォンには、三件のメッセージが残されていた。
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