Introduction

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 心配そうに瞳を揺らす彼女。  これから、か。分からない。  どうすれば良いんだろう、俺。  悔しいに決まっている。  なんでよりによってこの曲なんだ。  築き上げて来た音楽がリスナーにとっては何の価値も無い悪足搔きだと、図らずもあのゴミ曲『Stand By You』が証明してしまった。  売れるためには結局、誰にでも歌えるようなありふれた歌を歌って行くしかないんだ。雀の涙にも事足りぬちんけなプライドを受け入れてくれるのは、知る限りすばるんただ一人。  彼女だけが好む音楽を続けたって、憧れのロックスターへは一向に届かない。  そうか。この曲がバズったのも、すばるんと初めて言葉を交わしたのも……これまでの俺と、音楽と決別するキッカケに過ぎなかったんだろうな。 「……ごめん、すばるん。これから出す曲は、すばるんの期待を裏切り続けることになると思う……ファンも辞めてくれて構わないよ。幸い俺みたいなやつは沢山いるからな。きっとすばるんのお眼鏡に適うアーティストがどこかに……」 「そんなことありませんっ!」  野犬のような叫び声。  唇を震わせ必死な顔をして。  すばるんは思いの丈をブチ撒けた。 「ユーマさんは……ユーマさんの生み出す音楽は、世界は、私にとって唯一無二の、絶対に無くてはならない存在なんですっ……!」 「勝手なこと言うなって、思われても仕方ないですけど……でも私には、私には必要なんです! ユーマさんの歌がっ……! ユーマさんだけが奏でられる音楽が、私の希望なんですっ!」 「……お願いします。あの頃の……本当のユーマさんに戻ってください。私のためじゃなくて、ユーマさん自身のために……あんなゴミ曲歌わないでくださいっ!」  悲しみに震えるすばるんは、最後の力を振り絞り丁寧に頭を下げるのであった。無論『Stand By You』への盛大なdisは忘れずに。そこはマストなんだな。とにかく。 (そうは言っても……)  数字こそが唯一の証拠だ。  そして絶対的なパワーである。  俺みたいな無名ミュージシャンにとって、投稿サイトでの5万回再生。そして今日の客入りは決して見逃せない要素。  例え俺自身を求められていなくたって、あの曲を求める人が大勢いるのであれば……一ミュージシャンとして無碍に扱うことは出来ない。  時代遅れのブルースを奏でる暑苦しいシンガーソングライター、シノザキユーマはとっくに賞味期限切れだ。腐り掛けたモノを新品に戻す手立ては存在しない。  でも、それでも。  俺が信じた、愛した音楽は……。 「……そりゃ俺だって、今のスタイルで売れたいさ。でも現実問題、もうどうしようもねえ。三年だよ……まだまだ若いってみんな言うけどさ。でも三年だぜ……? 欠片の芽も出ねえんじゃ耐えられねえよ……ッ!」 「だったら……私がなんとかします」 「……えっ?」  ズカズカと近付き胸元を両手でギュッと握り締める。  近い、距離が近い。というかすばるん、本当に小さい。140センチちょっとしかない。いや、だからそんなことはどうでも良くて。 「私が……ユーマさんをプロデュースします」 「ぷ、プロデュース?」 「ユーマさんの音楽の良さは、ユーマさん以上に理解しています。今まで通りのユーマさんで売れていくための方法を、私が考えるんです……!」  表情は真剣そのものだ……追っかけのロリっ子が、俺をプロデュースするだって?  ど、どうしてそんな発想に至るんだ……応援するんじゃなくて、内側から改善していくと? ファンとしての立ち位置から逸脱し過ぎでは? 「ユーマさんの活動は、マーケティング戦略は……決して完璧とは言えません。むしろ不完全です。もっと上手く、頭を使って宣伝すれば、必ず多くの人の耳に留まる魅力を持っています。私が保証します……!」 「いや、あの、すばるん?」 「私ならもっとユーマさんを輝かせることが出来ます……そう、プロデューサーです! ユーマさんの力になりたいんです! そしてあわよくばっ!」  鳴り響くパトカーのサイレン。  誰かが通報でもしたらしい。  あぁ、そう。なるほど。ミュージシャンとしてどころか、俺という人間を終わらせに来たのか、すばるん。そういうことだったのか? 「————カキタレになりたいんです!!」  トドメ刺してんじゃねえよ。
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