6人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
心配そうに瞳を揺らす彼女。
これから、か。分からない。
どうすれば良いんだろう、俺。
悔しいに決まっている。
なんでよりによってこの曲なんだ。
築き上げて来た音楽がリスナーにとっては何の価値も無い悪足搔きだと、図らずもあのゴミ曲『Stand By You』が証明してしまった。
売れるためには結局、誰にでも歌えるようなありふれた歌を歌って行くしかないんだ。雀の涙にも事足りぬちんけなプライドを受け入れてくれるのは、知る限りすばるんただ一人。
彼女だけが好む音楽を続けたって、憧れのロックスターへは一向に届かない。
そうか。この曲がバズったのも、すばるんと初めて言葉を交わしたのも……これまでの俺と、音楽と決別するキッカケに過ぎなかったんだろうな。
「……ごめん、すばるん。これから出す曲は、すばるんの期待を裏切り続けることになると思う……ファンも辞めてくれて構わないよ。幸い俺みたいなやつは沢山いるからな。きっとすばるんのお眼鏡に適うアーティストがどこかに……」
「そんなことありませんっ!」
野犬のような叫び声。
唇を震わせ必死な顔をして。
すばるんは思いの丈をブチ撒けた。
「ユーマさんは……ユーマさんの生み出す音楽は、世界は、私にとって唯一無二の、絶対に無くてはならない存在なんですっ……!」
「勝手なこと言うなって、思われても仕方ないですけど……でも私には、私には必要なんです! ユーマさんの歌がっ……! ユーマさんだけが奏でられる音楽が、私の希望なんですっ!」
「……お願いします。あの頃の……本当のユーマさんに戻ってください。私のためじゃなくて、ユーマさん自身のために……あんなゴミ曲歌わないでくださいっ!」
悲しみに震えるすばるんは、最後の力を振り絞り丁寧に頭を下げるのであった。無論『Stand By You』への盛大なdisは忘れずに。そこはマストなんだな。とにかく。
(そうは言っても……)
数字こそが唯一の証拠だ。
そして絶対的なパワーである。
俺みたいな無名ミュージシャンにとって、投稿サイトでの5万回再生。そして今日の客入りは決して見逃せない要素。
例え俺自身を求められていなくたって、あの曲を求める人が大勢いるのであれば……一ミュージシャンとして無碍に扱うことは出来ない。
時代遅れのブルースを奏でる暑苦しいシンガーソングライター、シノザキユーマはとっくに賞味期限切れだ。腐り掛けたモノを新品に戻す手立ては存在しない。
でも、それでも。
俺が信じた、愛した音楽は……。
「……そりゃ俺だって、今のスタイルで売れたいさ。でも現実問題、もうどうしようもねえ。三年だよ……まだまだ若いってみんな言うけどさ。でも三年だぜ……? 欠片の芽も出ねえんじゃ耐えられねえよ……ッ!」
「だったら……私がなんとかします」
「……えっ?」
ズカズカと近付き胸元を両手でギュッと握り締める。
近い、距離が近い。というかすばるん、本当に小さい。140センチちょっとしかない。いや、だからそんなことはどうでも良くて。
「私が……ユーマさんをプロデュースします」
「ぷ、プロデュース?」
「ユーマさんの音楽の良さは、ユーマさん以上に理解しています。今まで通りのユーマさんで売れていくための方法を、私が考えるんです……!」
表情は真剣そのものだ……追っかけのロリっ子が、俺をプロデュースするだって?
ど、どうしてそんな発想に至るんだ……応援するんじゃなくて、内側から改善していくと? ファンとしての立ち位置から逸脱し過ぎでは?
「ユーマさんの活動は、マーケティング戦略は……決して完璧とは言えません。むしろ不完全です。もっと上手く、頭を使って宣伝すれば、必ず多くの人の耳に留まる魅力を持っています。私が保証します……!」
「いや、あの、すばるん?」
「私ならもっとユーマさんを輝かせることが出来ます……そう、プロデューサーです! ユーマさんの力になりたいんです! そしてあわよくばっ!」
鳴り響くパトカーのサイレン。
誰かが通報でもしたらしい。
あぁ、そう。なるほど。ミュージシャンとしてどころか、俺という人間を終わらせに来たのか、すばるん。そういうことだったのか?
「————カキタレになりたいんです!!」
トドメ刺してんじゃねえよ。
最初のコメントを投稿しよう!