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「そのギター、君の?」
「え?」
発車したバスに揺られ、よろけそうになりながら空いていた前の席に腰を下ろした。彼女は僕の言葉が聞き取れなかったのか、イアフォンを外した。
「ごめん、聞こえなかった、何?」
「え、っと、ギター、君のかなって」
「そうだけど……」
「……突然だけど、モデルになってくれないかな?」
言った口から、順番を飛ばし過ぎた、と思った。
普段、自分から話しかけないのに、会話の主導権を握ろうとすると要件だけになってしまうのは僕の悪い所だ。
「え、何? 私?」
「いや、違くて。あ、えーっと、僕、美術部だから、ギターを描いてみたいなって。それで、たまたま君のギターが目に入ったから」
「あ、びっくりしたー、アコギの事かぁ」
彼女の笑い声が車内に響き、スーツを着た人にじろりと視線を向けられた。
「急に何かと思ったよ。……その制服K高校? 軽音部、ないんだ」
「そう、だから困ってて。でも、練習に使うよね? 嫌なら断ってくれてもいいし、その……」
ダメだ。
バス越しに見ていた瞳が僕を見ていると思うと途端に言葉の先が迷子になる。
「うーん、初対面だから、ダメって言いたいとこなんだけど……、どうしようかな。実は今スランプなんだ。曲も書けないし、メロディーも思いつかないの」
ステージ上で歌っていた彼女とは別の顔。
「ギターを弾いてもね、何だか乗らないし……、そもそもそんなに自信も……」
そうなんだ、と頷くと、彼女はハッとしたように僕を見た。
「ごめん、なんか、聞かれてもないのに言っちゃった」
「いや、大丈夫。僕、人の話を聞くのが好きだから」
話すよりむしろ聞くほうが得意だから、って次々と頭に言葉は浮かぶのに口から出なくて、体の中で迅る気持ちに混じって迷子になる。
情けない。けど、彼女と、話をしたい。
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