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「きっかけは、アキ、かなぁ」
「アキ?」
聞き返した瞬間、後悔した。
僕が知っている中で彼女は一番柔らかく笑った。春から見ていた横顔より、ステージで明るく笑う顔よりも別格な笑顔。
語るより明らかな。
「うん、私の好きな人……、彼はまったく眼中にないんだけどね」
眼中にない。僕に言われているような気がした。
「あ、そう、なん、だ」
「そうそう。好きな人がしてる事って興味があるから、私もしてみたいなって。そこからハマっちゃって。人前に出るのは苦手なんだけど……」
「好きな人がしてる事は僕も気になるよ」
「ハル君も好きな人いるんだね。じゃあ、一緒だ」
一方通行の想いを持っているのは一緒だけれど、僕はきっと彼ほど、なっちゃんに影響を与える事は出来ない。文化祭に行った友人に牽制をかけておいてこのザマ。
「その人とは、付き合ってるの?」
「……うーん」
煮え切らない声を上げ、彼女は僕を見た。
「……好きって言ったことはないけど……、態度で、伝わってると思う」
窓越しから差し込む朝陽が彼女の睫毛に光を落とし、きらめく。
頬を赤くして恥ずかしそうに、もうアキの話は照れる、と彼女は横に座ったギターを抱き寄せた。
また、あの時と同じ感情が顔を出す。
彼女の歌声を初めて聴いた時の体の奥の何かが掻き乱されるような、淡い気持ちを根こそぎ塗りつぶしてしまうような濃い、感情。
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