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目的は一つ、手段は千
「社長の気紛れにも困ったもんだ」
パン部代表の高木の、指でテーブルを叩く音が激しさを増した。
隣に座っている、洋菓子部代表の姫野の舌打ちが大きくて、冷や汗が止まらなくなる。
初回顔合わせからこの調子では、先が思いやられる。和菓子部代表の大山はズボンのポケットから皺だらけの黄ばんだハンカチを出し、汗を拭った。
鈴木製パン株式会社の部門を越えた面々が会議室に集まっているのには理由がある。
生産本部統括専務に呼び出された、というだけではない。専務が彼らを呼び出した目的こそが、その理由だ。
鈴木製パン株式会社、通称鈴パンは製パン業界1位であり、創立80年の歴史がある。製パン会社ではあるが、パンだけではなく和菓子や洋菓子、関係会社には菓子メーカーや惣菜メーカー、麺メーカーなどもあり、食品業界の中でも売上上位に入る大企業である。
しかし昨今の原材料の高騰、飲食市場の多様化、コロナ禍によるコンビニエンス業界の不振、異常気象…挙げればきりがないが、鈴木パンには向かい風になることばかりで、創立よりずっと右肩上がりだった業績の雲行きが怪しくなっている。
そんな中、2代目であり、鈴パンの成長を支えてきた鈴木社長が立ち上がった。
毎月数十品から100品は全国発売される新商品だが、そのうちヒットするのは1品あるかないかである。その他の商品は発売されて1ヵ月から2ヶ月ですぐに消えてしまうのが現状だ。
また新商品数の多さと比較し、鈴パンの生産部商品開発部隊の構成人数は圧倒的に少ない。各部門に数人しかおらず、1人頭に換算すると月に5品から10品ほど規格を設計しなければならない。商品開発だけでなく品質管理や生産管理も兼務する為、1品あたりに掛ける開発時間は必然的に少なくなる。
新商品の開発は生産部の開発担当者と営業の開発担当者で話し合って行われるが、営業担当者はテーマの投げかけをするだけで、そこから規格を立案、ブラッシュアップさせていくのは生産部の裁量に任されている面がある。1つのテーマに1つの規格を立てればいいわけではない。幾つも規格を考え、実際に商品を作り、そこから試食しブラッシュアップさせていき、各部署の部長や役員の了承を得て初めて規格が定まる。
それを月に10品、一人の人間がしなくてはならない。規格立案、試作、根回し、規格が決まれば申請書の作成…やることは山ほどあり、毎日残業続き、売上の責任も負わされる。それでヒット商品を開発しろと言うのは酷というものだ。
だが、社長は甘えを許さない。
ヒット商品を開発できないことには原因がある。その原因を、社長は社風の中に見出した。
鈴パンは大手上場企業。製パンメーカーでは断トツの売上トップであり、ライバルがいない。洋菓子市場、和菓子市場それぞれでみても、全国1位の売上だ。
ゆえに、外に敵がいない。
では敵は、何か?
それを考えた時、弱点が浮き彫りになった。
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