情景

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慌てて目を逸らしたものの、時すでに遅し。 「あれ?奇遇だね。こんなところで会うなんて。」 久しぶりに直接耳に入ってきたその人の声は、ピリピリと脳をしびれさせた。 「お…、おひさしぶりです…先輩。」 学生の頃、同じ部活だった憧れの先輩。しかし、時を経て尊敬を遥かに通り越して歪みに歪んだ感情は、もはや取り返しがつかなくなっていた。ひきつった笑いでどうにかその場を取り繕う。変わらないね、と先輩は笑った。 「もし時間があったら、久しぶりにお茶でもしない?」 そうやってこの人はいつも、こっちの気持ちなんてお構いなしに手を伸ばしてくる。極度に内向的な自分がどれほどこの人に救われたかわからない。その笑顔の、あまりの眩しさに目が眩む。なんて太陽の下が似合うんだろう。 …自分と違って。 「あぁ、もちろん無理にとは言わないよ。君にも都合があるだろうから。」 先輩の光に当てられて、自らの影が濃くなったように感じる。後ろめたさが背後に忍び寄り、断りの言葉を紡ぐ。 「今日はちょっと…。すみません。」 「そっかぁ、そりゃそうだよね。ごめんね急に。」 久しぶりに生で見る先輩の、一挙手一投足にどぎまぎする。もう憧れなんて言葉で表せない。尊敬なんてとうに通り越して、新たな感情に変わっていた。それは恋愛かと問われれば、違うと答えるだろう。けれど、傍から見たらこれはただの一方的な恋なのかもしれない。先輩の住む2DKには盗聴器4台、カメラ7台。スマホのGPSは常に受信している。念のため、先輩のお気に入りのカバンにも発信機を1台。 でも、まだ足りない。満たされない。どうすればいい。 「…明後日の夜とかは、どうですか?」 太陽の元から暗闇に引きずり込めば、もしかしたら。
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