Lesson1

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Lesson1

 大学を卒業して、私立高校の数学教諭になって二年目。  (おき) 克彦(かつひこ)は、学生時代の想像を遥かに超えた多忙や、自分の言動や判断が場合によっては生徒の人生を左右しかねないというこの職業特有の精神的重圧に向き合い悩みながらも、やはりこの仕事にはやりがいを感じていた。  社会人になってまで職場のお友達がどうこうでもあるまいが、同じ年の同期がいないことについても、一歳年上の英語教諭である宮﨑(みやざき) 宏嗣(ひろし)の存在が支えにはなっている部分もあった。  年や経験値の近い同僚がいるのは、学生からいきなり『先生』になって、生徒に隙など見せられないこの職業においては、かなり大きいと実感している。  沖は、今年度は初めてのクラス担任として二年生を受け持ち、同じく二年生の複数のクラスで数学を担当していた。  数学は生徒の好き嫌い・出来不出来が他の教科と比べても極端な方だろう。基礎がおろそかだと、もうそこから先はついて行けなくて、やる気自体を失ってしまう生徒も珍しくない。苦手意識ばかりが強くて、やる前から『どうせできない』と諦めてしまう割合も高いようだ。  高校に入学してからならまだしも、中学以前の段階で躓いているケースは特に困る。  沖の勤務するこの高校は所謂『底辺校』でこそないが、学力上位校というほどでもないため、実際そういう生徒も存在するからだ。  また、遠距離通学を嫌ったりして入学してくる、学校のレベルに見合わない学力の高い生徒も一定数はいるため、生徒間の学力差も大きい。  沖が受け持っている中にも、真面目に授業を聞いてはいるものの、きちんと理解できているのか疑わしい生徒もいる。ましてや、授業中に完全に集中力を欠いて、意識を他に向けている生徒なんて言わずもがなだった。  一学期の中間テスト。つまり新学年になって初めての定期試験のあと。  採点して答案を返却されてしまえば、生徒側は結果が良くても悪くても、もうこれで終わりの気分かもしれないが、教員側はそれからも大変なのだ。  高校は中学とは違って、出席や単位が不足すれば進級・卒業できないケースも出てくる。  この学校でも、毎年一定数のボーダーライン以下の生徒がいた。そういう生徒は、まず留年を選ぶことはなくそのまま退学してしまう。 (彼らをどうにかしてやりたい)  もちろん本人が、勉強なんてしたくないし、高校なんてもうどうでもいいから退学すると言い張るのなら、慰留はするが強制的に退学を撤回させることなどできない。
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