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ただ、本人にやる気があるならできる限り手助けしたいとは思う。それが教員の職務だろうと沖は考えているのだ。
そんな風に言えるのも沖がまだ新人に毛が生えたような立場で、若くて情熱が擦り減っていないからこそかもしれないが。
それでも、目の前にあるのが現実なのだ。
教員という道を選んだ以上、理想と現実の差に戸惑うことはあっても、今ここにいる生徒に対して手や気を抜く言い訳にはならないだろう。
まだ一学期も半ばなのだ。今からならば十分間に合う。今回のテストが壊滅的でも、期末で少しでも挽回すれば。そして二学期三学期も持続できれば。成績判定で進級の可否が決まるのは学年終わりなのだから。
まずは、とこのまま放置はできないレベルの数人をリストアップし、一人ずつ呼び出しを掛けるところから始めた。
* * *
職員室のドアを開けて「沖先生に呼ばれました」とぼそっと言った担任クラスの生徒の姿に、沖は自席からこっちだと手招きした。
平均に達するかどうかの身長と細身の身体に、ぴったりとは言い難いブレザー。
(……背が伸びるのを見越して、大き目の制服を用意したんだろうな)
沖より十センチは低いだろう彼に、ついそんな感想を抱いてしまう。もちろん、まだこの年齢ならば、これから伸びる可能性も十分あるのだが。
「有坂。お前もうちょっと頑張らないとマズいぞ」
しかし、有坂 樹莉は沖の言葉にもまったく動じることはなかった。
あどけないと評したくなる童顔には、アンバランスに感じるきつい瞳、引き結んだ口元。小柄なこともあるのだろうが、『可愛い』と言われているらしい有坂は、基本的には無表情で無感動な印象だった。実際に、沖は彼があからさまに感情を表すところを見た覚えがない。
「俺、勉強好きじゃないし。頭よくないのもわかってるし、大学無理そうなら就職するから別にいいです」
「いや、就職だって大変だぞ。バイトならともかく『大学行けないから就職するか~』なんてのが通るほど世の中甘くないから。それよりなにより」
沖は、まるで他人事のような顔の彼に、根気強く言い聞かせる。
「お前さ、なんでそんなに余裕持っていられるのか知らないけど、進学だ就職だ以前にこのままじゃ進級も危ないんだよ。去年の担任の先生には何も言われてないのか? お前、二年に上がるのも結構ギリギリだったんだけど」
シビアな現実を突きつけられて、さすがに有坂は動揺を見せた。
「え、進級、って。そんな、俺そこまで……? 去年……は、先生には勉強しろとか怒られた気はするけど、進級なんて聞いてない……。たぶん」
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