2人が本棚に入れています
本棚に追加
まちあわせ
日曜日がやってきた。待ち合わせの場所に少し早めに到着したのでそのまま待つ事にする。阪急電車梅田駅のビッグマン前。時間は正午。
朝早くから学校で詩織にメイクしてもらって、また女装……。
白いブラウスにジャケット、短めのフレアスカートに少しヒールの高い靴。なかなか馴染めず何度も転びそうになる。
ジロジロと見られる視線が痛い。きっと男だと云うことがバレていて変態と思われているのだ。
「ちょっと、お嬢さん」急に声をかけられる。振り替えると、高級そうなスーツに身を包んだお兄さん。
「えーと……、なんでしょうか?」馬鹿にされるのかと思い後ろにのけ反る。
「一緒にお食事でも如何ですか?」歯が輝きそうな勢いで微笑む。
「なっ!もしかして、馬鹿にしてるんですか!?」俺は少し睨み付ける。
「美しい女性が怒ると、それも素敵ですね」手慣れた感じでお兄さんは微笑む。
このあと、何人にも声をかけられる。いわゆるナンパというヤツである。
「ああ、なんだかウンザリしてきた……、早く帰りてえな……」柱にもたれ掛かり宙を見つめる。なんだかバカらしくなってきた。
「おまたせ」また、ナンパかと思い睨み付ける。そこには、担任松下の姿があった。
「あ、こんにちわ」愛想のない返答を返す。
「し、しかし、凄いな。東京君はいつも休みの日はその格好なのかい?」
「そんな訳あるかい!!」思わず大きな声で反応してしまう。周りの目が一気に注がれて、急に恥ずかしくなる。
「ねえねえ、見て、メチャクチャ可愛いわねあの子」
「アイドルかな?」
「あのオッサン援交か?」
あちらこちらから声が聞こえる。
「と、とにかく行きましょう」俺は松下の手を引きこの場所を離れる事を提案する。
「あ、ああ」なにを顔を赤くしとるねん。突っ込みたくなったが、敢えてそこには触れない事にする。自分も空しくなりそうだったから……。
松下の実家は阪急電車の神戸線にある岡本という駅の近くだそうだ。岡本と言えばこの辺りでは高級住宅が建ち並ぶエリアである。
駅の改札を抜けて、特急電車の二人掛にすわる。俺はすでに疲れたように溜め息をついた。
少しの沈黙。
「東京君は、本とか読むほうかい?」唐突に会話が始まる。話を始めたのは松下からであった。逢坂ですが……。
「えーと、たまには読みますけど……」漫画を……。
「本当はさ、僕は学校の先生じゃなくて作家になりたかったんだ。でも、実力が伴わなくってさ」ちなみに、松下は国語の担当である。
「へー、本を書いたりされるんですか?」少し興味のあるふりをする。
「ああ、コンテストに応募したりもするんだが……、かすりもしないよ。親にも兄弟にも呆れられてさ」窓の外を寂しげに見つめる。
「いいじゃないですか。まだまだ先生若いし、先生やりながらも夢を捨てないで素敵だと思いますよ」夢を諦めない。それは本当に素敵な事だと思った。俺は微笑んで見せる。
「そ、そうかな……」恥ずかしそうに顔を赤くする。
「そうですよ」特に何になりたいとかもなく惰性で生きている俺よりも、本当に凄いと思う。そして、夢に年齢など関係ないのだから……。
最初のコメントを投稿しよう!