23人が本棚に入れています
本棚に追加
久しぶりに休みが取れた。休日なので白衣を脱いで着物を身につけ、ふらりと足が赴くままにお寺へ来ていた。
「本当に久しぶりね。最近はなかなか来られなかったから」
あの人が眠るお墓に足を踏み入れた瞬間に、一筋の風が吹く。
風に煽られ、薄紅の雪が降る。ヒラヒラと舞い散る桜の花びらーー
その内の一枚が胸に飛び込んでくる。
(忙しいだろうによく来てくれたね、お福。今日はどんな甘味を持ってきてくれたのか、楽しみだよ。)
「まるでいらっしゃいって言ってくれているみたいね。不思議だわ」
福は桜の花弁にをそっと懐紙に包み、袂にしまう。
「さて、始めますか…」
雑草を抜き、手早くブラシでお墓を掃除する。
枯れた花を処分して、柄杓で花瓶の水を取り替え、ついでに墓石もすすぐ。
「ふぅ…これでよし、と」
中腰で作業していたので、腰が痛くなった。ゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをする。
「そうだ。好物の花林糖とお饅頭を持ってきましたよ」
「お腹のふくれない物はいらないと言われそうだけれど、折角だから庭に咲いたお花も摘んできたんです」
(花林糖も嬉しいけど、饅頭は手作りみたい。嬉しいよ、ありがとう。いい匂いだけど、これは何の花だろうか。)
一通り掃除を終えたので、取り出した花を花瓶に生け、線香に火をつける。
この香りを嗅ぐと色々な記憶が呼び起こされて、なんとも言えない気持ちに駆られる。
無意識に線香を鼻から遠ざけているのは、そのためだろう。
お線香を立てると、甘味を取り出しお供えする。
「なんだかあなたは、あの世でも花には目もくれずに甘味を頬張ってそうですね」
そう言って、ふふっと笑う。
(ひどいなぁ、そこまで食い意地が張ってはないさ。そういうお福だって、花より団子だろうに)
最初のコメントを投稿しよう!