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暫くその場に佇んでいた大和は、視界に写る瑠羽が立ち上がるのを確認した。 立ち上がった彼女は少しの間、そのまま立ち尽くしていたが、やがてその場を後にした。 少し歩くと、ベンチに座る大和の姿を見つけ、近寄ってきた。 「まだ居たの?」 口ぶりは素っ気ないが、表情は穏やかに、大和の隣に腰掛けた。 「何か気持ちよくてさ。」 「縁側のおじいさんみたい。」 フフっと瑠羽は笑った。 「ねぇ…」 2人はしばらくの間、黙っていたが、瑠羽が静かに沈黙を破った。 「あのさ… ステージに立つウタってどんなんだった?」 少し恥ずかしげに、でも視線は真っ直ぐ大和の目に向けられていた。 「ウタさんが歌ってる所、見た事ないの?」 「あるよ。 でも…ステージに立つウタは見た事無い。」 ウタは中学校を卒業と共に上京した。 それから、数年は地元でのライブハウスにも出演している。 ある日、突然帰省しなくなったウタは、どうしてたんだろう。 ミュージシャンの道を諦めたのだろうか。 「ねぇ!どんなだったの?」 大和は思考を巡らせていたが、瑠羽に急かされ、当時のウタを思い返した。 「ウタさんは、とにかく音楽を楽しんでる人だったね。 人となりは瑠羽ちゃんの方が詳しいだろうから、目新しい印象は無いかもしれないけど、真っ直ぐに気持ちを届けるタイプの人だったよ。 演奏中も普段もいつもニコニコしてた記憶が強いかな。」 「そっか~。 ステージに立つウタを見たかったな。」 瑠羽は悲しげにも嬉しそうにも見える表情で笑っていた。 「性格もあるんだろうけど、ウタさんは太陽みたいな人だったな。 あ!でもさ…」 大和はそこまで言うと瑠羽を見て続けた。 「瑠羽ちゃんも演奏中、楽しそうだし、そうゆう音楽を楽しんでる感は似てるかも。 まぁ、ジャンルとかプレイスタイルとかは違うけど、根本が似てるって言うかさ。 瑠羽ちゃんは太陽じゃないけどな。」 「どうせ私は暗いですよ~」 大和の言葉の前半は、嬉しそうに聞いていた瑠羽だったが、最後には軽く不貞腐れた様な表情になっていた。 「いや、暗いとかじゃなくて… 天使だなって思ったんだよ。」 「…え?」 「ギターソロとか、何か神秘的な雰囲気だなって。 初めて会った時は言わなかったけど、天使みたいだなって思った。」 瑠羽は、大和を見つめたまま、大きな目を更に見開いて黙ってしまった。 そんな反応に、自身が発した言葉が無性に気恥しいものだと実感した大和は、 「あ!いや…変な意味じゃないぞ?」 と、慌てた様に視線を逸らした。 「ねぇ、それマジ?」 瑠羽は逸らした大和の視線を捕まえようと覗き込む。 「私、天使みたいだった?」 捕まらない視線に業を煮やし、瑠羽は大和の顔を自身の手で向けさせ、もう一度尋ねた。 「………うん。」 大和は思わず赤面してしまう。 自身の発した言葉と、人形の様に美しい瑠羽の近さ。 5歳も年下の女性に対して、余裕が無くなる自分への情けなさもあり、一気に体温が上がる気がした。 「そっか~」 しかし、当の瑠羽は、そんな事などお構い無しに、聞けた答えに満足そうに、再び正面に向き直った。 「2人目」 瑠羽は、とびきり嬉しそうに笑いながら、大和にピースサインを向けた。 「男が多いジャンルだからさ、女だからって言われるの悔しくて、大きく豪快に演奏しちゃう部分もあるから、結構、荒々しい印象だと思うんだ。 その中でさ、そんな綺麗な物を当てはめてくれたのは、木下さんで2人目だよ。」 「1人目は…ウタさん?」 「そう! 初めは何言ってんだよ~って思ったけどね。」 瑠羽は、ウタの眠る墓の方向へ視線を向け、愛おしむ様に表情を緩めた。 大和はそんな瑠羽の横顔から視線を外せないでいた。 「さっき、木下さんも言ってたけど、本当にウタは…太陽なんだよ。」 そう言って、瑠羽は大和に視線を向ける。 優しい微笑みを浮かべて。 大和は少しだけ 鼓動が高まるのを感じていた。
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