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瑠羽がウタと出会ったのは、ウタが21歳、彼女が15歳で中学三年生の時だった。 同級生で親しくしていた恭太がバンドに興味を持ち、楽器を買いたいと2人で向かった都内の楽器店。 ウタはそこで働いていた。 初めての楽器なら近場でいいだろ… 瑠羽は文句を言いながら、恭太に半ば強引に連れていかれた。 瑠羽は、目深くキャップを被っていた。 それだけでも周りからは表情が分かりにくいのに、彼女は更に顔を俯かせる。 これは、いつしか彼女のスタイルになっていた。 極力、人と会わない 極力、人に顔を見せない それは、徐々に積み上げた彼女の壁だった。 瑠羽は、幼い頃から近所でも評判の美少女だった。 気の強さは元々あったものの、明るい素直な子供だった。 誰でも分け隔てなく接する美少女 どんな場面でも、もてはやされる、そんな彼女を待ち受けていたのは、 僻みや妬み 周りの女子達から向けられる負の感情や嫌がらせだった。 元来持ち合わせた彼女の気の強さは、嫌がらせに屈服しない変わりに、更に性格を強くしていき、あたり構わず敵対心を向けるほどになっていた。 それでも、彼女の外見は周りの目を引く事に変わりなく、終わらない負の連鎖の様だった。 中学に上がる頃には、滅多に笑う事もなく、愛想も悪い、自ら孤立するような体勢になっていた。 とある日、クラスの女子数名に取り囲まれ、罵声を浴びせられていた瑠羽。 怒りが頂点に達し、あわや乱闘騒ぎかという所で、止めに入ったのが、恭太だった。 同じクラスだった恭太は、孤立する瑠羽を前々から気に留めていた事もあり、その1件依頼、瑠羽を何かと気に掛ける様になっていった。 そらが逆の作用を生む事もあったが、ナチュラルに自分に向き合ってくれる恭太の存在に、瑠羽は少しづつ心を開く様になっていた。 休日など、放っておくと外に出ない瑠羽を気遣っての外出。 瑠羽はそれが分かっていたから、文句を言いながらも誘いに乗った。 2人は新宿に向かった。 楽器店に目星を付けてた訳ではなく、ロック好きな恭太は、ライブハウスが新宿に多いからその辺で買いたいと、ミーハーな街見学的なノリだった。 何軒か見て周り、無理やり連れてこられた瑠羽は苛苛しだしていた。 「恭太!買う買わない、次で決めろ!」 「何だよ。お前も楽しめよ。」 瑠羽の強い物言いも、全く気にも留めてない様子で、恭太は笑いながら、 「じゃ、次で決めっか~」 楽器店を求め歩き出した。 そして、とある楽器店。 これまでの店同様に店内を楽しそうに見て回る恭太と、うんざりした様に佇む瑠羽。 彼女は何の気なしに、ギターが並ぶコーナーに立っていた。 「彼氏、何か買いに来たんとちゃうの? 一緒に見てやったらええのに。」 近くでそう声がして、それが自分に掛けられたものだと認識はしていなかったが、瑠羽はそちらへ顔を向けた。 声を発した相手が自分を見ていると分かると、 「は?」 瑠羽は怪訝そうな表情を浮かべた。 「彼氏じゃないし。」 瑠羽は不機嫌そうに顔を背けた。 「あ、そうなん? ごめんごめん。」 いやにニコニコして、関西弁を話す金髪の男。 首から掛けられた名札でこの店の店員だと分かった。 「私、連れてこられただけだし、興味無いんで、向こうに行ってもらえます?」 「音楽おもろいで。 自分の気持ちを他の人に届けられるなんて、素敵な事やって思わん?」 その店員はその辺りのアコースティックギターを手にすると、弾きながら歌い出した。 楽しそうに笑顔で奏でるその姿を、瑠羽は目を逸らす事も出来ず見つめていた。 その店員こそ、ウタであり、これが2人の出会いだった。 恭太は、楽しそうにギターを弾くウタの姿を見て、楽器購入の相談をしていた。 結局、初めは、全部セットになっているものを買ったらどうかと勧められ、それを購入した。 「興味出たらおいで。 ギターやったら教えたるよ。」 帰り際、ウタは瑠羽にそう声を掛けた。 それから1年後 瑠羽と恭太は同じ高校に上がり、これまで通りの友人関係も続いていた。 恭太は練習し、ギターを弾ける様になった事で、更に音楽熱を上げていた。 初めは興味無さそうにしていた瑠羽だったが、あまりにしつこく聞かされ続けたせいもあり、気がつけばロックに詳しくなってきていた。 「お前もギターやるか? 教えてやるよ。」 恭太のその言葉に、瑠羽はふとウタを思い出していた。 楽しそうにギターを弾いていた彼の姿を。 それから数日後、瑠羽はウタの勤めていた楽器店に顔を出した。 ウタはその店でまだ働いていた。 「おぉ、久しぶり。」 「ギター…教えて下さい。」 ウタは優しい笑みを浮かべていた。 「なんでギターやりたい思うたの?」 長年積み重ねてきた心の歪みは、瑠羽から素直さを奪っていた。 だけど、ウタの真っ直ぐで温かい視線に、心にフィルターを掛ける事も忘れる様だった。 「自分の気持ちを…表現したい」 その答えにウタは更に優しく笑っていた。 それから、瑠羽は度々ウタの元へ通い、ギターを教えてもらう様になった。 ウタは不思議な魅力を持っている人だった。 ギターを教えてもらうことになった初日、ウタの前で初めて帽子を取った瑠羽。 「うっわ! 凄い可愛ええ顔しとったんやな!! なんでいっつも隠しとるの? もったいない。」 ウタは瑠羽の容姿を素直に褒めたたえた。 何故だろう 嫌な感じがしないのは。 ウタは優しさや温かさを擬人化した様な人だった。 そして、真っ直ぐで素直な性格。 それに全く嫌味が無い、人として出来すぎた印象を持った。 そんな彼に感化され、ウタの前では素直になれる気さえしていた。 瑠羽は、容姿のせいで嫌な思いをしてきた事をウタに打ち明けた。 話を聞いている間、ウタは穏やかな目で瑠羽を見つめていて、それは自分を全部受け入れてくれてる様な錯覚さえ起こし、これまで誰にも言えなかった弱音を吐き出してしまう程だった。 「容姿がええ事が、逆にコンプレックスになってまう事もあんねんなぁ。」 ウタはニッコリ笑うと、唐突に瑠羽の頭を撫でた。 「小っさい時から、周りに負けへんように耐えてきて、偉かったな。 よう頑張った。 でもな、たまには、こうやって誰かに弱音を吐く事も大事な事やで。 少しはスッキリしたやろ?」 瑠羽は黙って頷く。 「まぁ、言いたいやつには言わせておけばええねん。そうゆう奴は何をしても文句言うねんから。 そりゃあ人間なんやから傷つく事も、瑠羽みたいに負けんぞって壁を作る事もあるやろ。 大事なんは、自分らしく生きる事やで。 時には人を頼って、心のバランスを保つ事も考えなあかん。 瑠羽が瑠羽らしく生きれる様にな。」 瑠羽は自然と涙を流していた。 誰にも負けたくなかった 悔しかった とても悲しく辛かった ウタは優しく瑠羽を抱き締めて、もう一度頭を撫でた。 瑠羽はウタの腕の中、タガが外れたように泣き続け そして、実感した まだ、出会ったばかりだけど 私は この人が好きだ、と。
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