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それから数週間が過ぎた頃
蓮から食事に誘われた大和は、21時頃、都内某所のご飯屋に向かった。
蓮と会うのは久しぶりだな。
前は比較的、連絡の頻度も高かったが、連絡自体も久しぶりだった。
まぁお互い忙しいしな
大和は深く考える事は無く、予約された個室に通された。
蓮は既に来ており、部屋に入ってきた大和に笑顔を向け手を振った。
「久しぶりだね、大和くん。」
「おお。久しぶり。
髪の毛切ったのか。」
前は明るめの茶色で、少し長めの髪にパーマを当てていた。
それが、焦げ茶くらいに色が抑えられ、だいぶ短くスッキリとしていた。
「うん。
連ドラが決まって。」
「そっか。それでか。」
「生徒役だよ~。
でも、主演なんだ。」
25歳の蓮はその歳での生徒役に多少不安げにしていたが、主演だと喜んだ。
「良かったな。
おめでとう。」
蓮にとっての初めての主演。
大和は自身の事の様に嬉しく思った。
しばらく、他愛のない話しをしていたが、
「そういえばさ…
瑠羽ちゃんと何かあった?」
蓮は唐突にそう尋ねた。
「え?」
「実は連絡先交換してて、やり取りしてるとか?
もしかして、会ったりしてる?」
あまりに唐突な質問に呆気に取られている大和に、蓮は矢継ぎ早に質問を重ねる。
「ねぇ、大和くんはさ…」
「ちょっと待て!
落ち着けって、蓮。」
大和は言葉を止めない蓮を制止する。
「急にどうしたんだよ?
聞いてる事の意味が分からないんだけど。」
蓮は黙ったまま、大和の目をじっと見つめた。
口元は笑んでいるのに、その表情から読み取れる感情は怒りだった。
「いやさ、こないだRose thornsのライブに行ったんだ。
先週かな。
そしたら、瑠羽ちゃんが言うんだよ。
また…
木下さんも誘えば?
って。」
その言葉に、大和は少し嬉しい感情も湧き上がったが、同時に蓮の怒りの理由にも気が付き、感情を押し殺して
「そうなんだ。」
と、呟いた。
「なんで?って聞いたら、別に深い意味は無いってはぐらかすし…
なんでなの?
なんで、大和くん達、初めて会った時にあんなに険悪そうだったじゃん!
なんで?」
「とりあえず、ちょっと落ち着けよ。」
まくし立てる蓮に、大和は少しため息を漏らしながら言った。
蓮はとても嫉妬深い。
それは、口ぶりで安易に推測出来た。
そして、大和と瑠羽が初対面で険悪になった事への安堵感と、それでも瑠羽に会わせる事への危機感からあえて大和をあれ以来誘わなかったのだろう、という憶測。
無性に沸き立つ寂しさを感じながらも、大和は冷静に話し出した。
「俺は瑠羽ちゃんの連絡先は知らないし、だからもちろん連絡も取ってない。
ライブもあれ以来行ってないよ。
プライベートで会うなんて…」
大和はそこまで言うと、帰省した時に瑠羽に会っていた事を思い出す。
一瞬、蓮にそれを黙っているべきか悩んだが、やましい事は何も無いのに、嘘をつくのもどうかと思った。
「1回会ったよ、偶然だけど。」
「ふーん。
それで?」
「…それで?って何だよ。
偶然会って、会話を交わした。
それだけだ。」
大和は蓮の態度に段々と腹が立ってきた。
「蓮、お前さぁ、さっきから何なんだよ。
そもそも、瑠羽ちゃん達に俺を会わせたのお前だろ?
そんなに、突っかかってくるんだったら、紹介なんて初めからしなければ良かっただろ。」
「…そうだね。
それは、ボクのミスだ。」
蓮は無表情でそう言ってのけた。
「…は?」
大和が顔をしかめると、少しの間をおいて、蓮がプッと吹き出した笑いだした。
「ウソウソ。冗談だって!
怒んないでよ、大和くん。」
手を叩いて笑う蓮に呆気にとられる。
笑っている姿は普段通りのいつもの蓮の様にも見える。
でも、大和には先程の言葉が冗談ではなく、本心なのだろうと感じていた。
穏やかで人付き合いも上手く、周りの人間に愛されるキャラの蓮。
それも、本当の彼なのだろうが、今こうして嫉妬や憎悪を見え隠れさせる姿も、本当の彼なのだろう。
瑠羽を好きなのは分かる。
それは分かるけど、執着しすぎやしないだろうか。
瑠羽が結局、蓮を選ばず、別に恋人を作ってしまったらどうなってしまうんだろう。
大和は、想う蓮の事も、想われる瑠羽の事も心配になっていた。
「ボク、本当に瑠羽ちゃんの事が好きなんだよ。」
「あの子のどこが好きなの?」
「え~?
全部?」
蓮は瑠羽の事を思い返しているのだろう、愛おしそうに笑顔を浮かべていた。
「初めて見た時の衝撃は忘れらんないなぁ。」
蓮は、特別音楽が好きな訳ではなく、人並みに流行っている歌を聞く程度だった。
Rose thornsを知ったのは、本当にたまたまだった。
動画サイトを暇つぶし程度に眺めていた時、見た動画のおすすめ動画に飛んで、また別の動画を見て…を繰り返していた。
それを繰り返した先に、Rose thornsのライブ映像に辿り着いた。
小さなライブハウスで荒々しい音楽を奏でる。
後から知ったのだが、それはライブハウスのプロモーション動画の一部だった。
プロモーション動画には数組のバンドのライブ映像が編集されていて、それでも、映るのは1組数分だった。
プロのプロモーションビデオやライブ映像の様に作り込まれた綺麗なものではなかったが、蓮はそこに映った瑠羽に一目惚れした。
行動力の高い蓮は、すぐさまRose thornsを調べ、ライブハウスに出向いた。
初めて対面した瑠羽は、映像で見るよりもずっと美しく、憂いを含んだ様な表情に儚さも感じ、蓮の心を鷲掴みにした。
だが、彼女は今よりも更に心を殻に閉じ込めていて、メンバー以外の誰も受け入れない雰囲気を醸し出し、蓮は全く相手にされなかった。
蓮はその少し後に知る事になる。
瑠羽が恋人を事故で失ったばかりであった事を。
蓮は何度邪険にされても、瑠羽に会いに行った。
未だに素っ気ない態度は取られるが、それでも、出会った当初に比べれば、良い関係を築けている。
「何回か告白してるんだけど、好きな人がいるからって言われるんだよね。」
蓮は苦笑い混じりに眉を下げ、
「瑠羽ちゃんはその亡くなった恋人を今でも想ってるみたい。」
ため息をついた。
瑠羽が今でも一片の変わりもなく、ウタを想っている事は大和にはよく分かっていた。
それは、他の誰も入る隙間もない程の深い愛。
蓮の恋も応援したいが、本当に好きなら気長にゆっくりと進める方がいい。
そんなニュアンスを込めてアドバイスをしようと口を開きかけた時、蓮が言葉を発し、衝撃で頭の中が真っ白になる様だった。
「まぁ…でも、死んじゃってて、今はもういないしね。
これから、思い出が増える事も無く、結局は
過去のものでしかない訳だし。
そのうち瑠羽ちゃんも気持ちが薄れるよね。」
何を言ってるんだ…?
大和は全身がザワザワする様な感覚にとらわれた。
「さっきから、ずっと黙ってるけど、ちゃんと人の話し聞いてる?」
少し怪訝そうな顔つきで、蓮は大和の顔を覗き込む。
「お前…今なんて言った?」
「は?」
「もう死んでるからとか…過去のものとか…
言っていい事と悪い事があるだろ!」
「えー?
なんでそんな怒るの?
だって本当の事じゃん。」
蓮は軽く笑いながら飲み物を口にしていた。
そんな態度に大和の怒りはどんどん増していく。
「だから、言っていい事と悪い事があるだろって言ってるんだよ!
瑠羽ちゃんは今でも亡くなった恋人を想ってる。そんな綺麗な想いを冒涜してるのと同じだ!」
「…もちろん、瑠羽ちゃんにはそんな事言わないよ。
でもさ、ボク、瑠羽ちゃんの事本当に好きなんだよ!
なんで、死んだ人に対して気を遣わなくちゃならないの!?」
「亡くなった恋人どうこうじゃなくて、瑠羽ちゃんの気持ちを考えろよ!
お前が彼女を好きなのは分かってる。
けど、瑠羽ちゃんは未だに亡くなった恋人を好きだって言ってるんだろ?
恋人が亡くなった人でもう居ないからって、彼女の気持ちを軽視するな。」
ドンッ!
蓮は手に持っていたグラスを強めにテーブルに置いた。
「あ~めんどくさ。」
蓮は自身のバッグから財布を取り出すと、自分で飲み食いした分位のお金をテーブルに置き、立ち上がった。
「大和くんさ、本当は瑠羽ちゃんの事気に入ってるんじゃないの?
だから、瑠羽ちゃんの肩持って、カッコイイ事言って…。
マジで、会わせるんじゃなかった。」
蓮は大和を冷たい目で見下ろしながら、そう言うと、部屋を出て行った。
今まで知らなかった蓮の黒い部分を目の当たりにし、怒りやら悲しみやらで頭の中がごちゃごちゃしていた。
大和は1人になった部屋で、大きく息を漏らし肩を落とした。
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