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仕事を終え、帰宅した時には22時を少し過ぎてしまっていた。 芝居の仕事の時は、撮影が深夜になる事もしばしばあるし、逆に日が昇る前に家を出なくてはいけない時もある。 そこから比べれば、時間的にはマシな方だったが、人に連絡を入れるのには躊躇する時間でもある。 予想通り、郵便受けに投函されていた、とある物を片手に持ち、もう片方に携帯電話を握りながら、どうしようか少し悩んだ末、 『こんばんは。 遅い時間にごめんね。 今、大丈夫かな?』 大和は瑠羽にメールをした。 『大丈夫です。 電話の方が早いので、今から掛けて大丈夫ですか? ちなみに、私の番号は-』 大和のメールからほんの少しの間を空けて、瑠羽からの返信が来た。 『じゃあ、こっちから掛けるね。』 瑠羽は、大和が戸惑わない様に、自身の電話番号を入れてくれたのだろう。 大和はメールに書かれた番号に電話をかけた。 「はい。」 数回のコール後、瑠羽が電話に出た。 「木下です、こんばんわ。 ごめんね、遅くに。」 「ううん。大丈夫。 それで?渡したいものって何?」 大和は封筒に入れられた、その物をカタカタと揺らしながら、 「実はね~… 手に入れたんだよ。 …ウタさんが大阪のライブハウスに出てた時の映像を!」 瑠羽の反応が楽しみで、やや興奮気味に言った。 「………。 マジで?」 一瞬の沈黙の後、瑠羽は小さい声で呟いた。 「マジマジ。 地元の友人に声を掛けて、探して、ようやく持ってる奴を見つけたんだ。」 ステージに立つウタの姿が見たい そう言っていた瑠羽。 瑠羽とウタが出会い、恋人同士になるまでの話しを聞いた大和は、今は亡き彼を想う瑠羽に何かをしてあげられないかと、久しぶりに、地元の友人や、対バンしていたバンドのメンバーに連絡を入れた。 ウタが出演していたライブを撮った映像を持っている人を探して、ダビングしてもらい、それを送ってもらったのだ。 「見たい! ねぇ!それ見たい!!」 瑠羽は突然の事にようやく理解が追いついたのか、興奮気味に叫ぶ様に言った。 思った通りの反応に、大和は安堵し、得意気に笑ってみせる。 「見たいだろ~? まぁ、当時のライブハウスの撮影だから、画質も悪いし、定点カメラの映像だけどね。」 「ウタが映ってるなら何でもいいよ!」 どうしよう 嬉しい 興奮気味にはしゃぐ瑠羽の声が本当に嬉しそうだった。 「すぐ見たいんだけど、今から取りに行ってもいい!?」 「いやいや!時間!」 「あ、そうだよね。 木下さん忙しいもんね。 あぁ…どうしよう…早く見たい。」 遅い時間に外に出ようとする、瑠羽を心配して言ったのだが… 「じゃあさ、俺が届けるよ。」 「え?でも… さすがに悪いよ。」 「この時間に瑠羽ちゃんを外に出させるのは心配だし、明日は朝早くないから大丈夫だよ。 だって、見たいんだろ?」 「…うん。見たい。」 「じゃあ、行くよ。」 大和は腰掛けていたソファから立ち上がった。 結局、瑠羽の自宅まで届けに行く事になった。 瑠羽は東京寄りの埼玉県に1人で住んでいて、大和の家から30分程で行ける距離だった。 「ありがとう。 気をつけて来てね。」 あいにく、帰宅してから着替えていなかった大和は、DVDを手に早々と家を出た。 瑠羽の家へと向かう大和は、予想通り喜んでくれた彼女の反応を思い返し、嬉しい感情でいっぱいになった。 まさか、家に持って行く事になるとは思っていなかったが…。 瑠羽の家に着いた大和は彼女に連絡を入れ、言われた場所に車を停めると部屋へと向かった。 チャイムを鳴らすと、程なくドアが開き、瑠羽がどこかぎこちない笑顔で出迎えてくれた。 「わざわざ、すみませんでした。」 玄関に1歩踏み出した大和に、瑠羽が軽く会釈をしながら言った。 瑠羽から緊張感を感じ、大和は不思議に思う。 やはり、夜遅い時間に女性の一人暮らしの家に来るのは問題だったかな 大和はそう思ったが、渡したらすぐ帰るし、早く届けたかったしな、とDVDを瑠羽に差し出した。 瑠羽はそれをゆっくりと両手で受け取った。 DVDを受け取った姿勢のまま、それをじっと見つめる。 彼女の手は小刻みに震えていた。 「…瑠羽ちゃん?」 大和にそう問い掛けられると、ハッと我に返ったように顔をあげ、 「ありがとう…ございます。」 やはり、ぎこちない笑顔を向けた。 大和はそんな瑠羽に違和感を感じたが、無事に渡せた達成感の様な感覚を感じ、笑顔を見せた。 「じゃあ、ゆっくり見てね。」 そう言って、帰ろうと背中を向けた大和を、 「木下さん!」 瑠羽が大きな声で呼び止めた。
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