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9月下旬 大阪府○○市 多くの人が行き交う駅 たった今到着した電車から降りた彼は人々の間を流れる様にすり抜け、出口へ向かった。 ようやく人並みを抜けると、1つ息を吐きながら、彼は被っていた帽子を整える様に触ると、前を見据える。 この地を訪れるのは実に7年振り。 駅から見える風景もだいぶ変わったように感じる。 彼は当時の光景と比べるように周りを見回すと、やがて歩き出した。 彼の名前は木下大和。 27歳。 スカウトをきっかけにモデルデビューを果たし、その後俳優となった。 身長180センチでスタイルも良く、小顔で二重の線が綺麗な切れ長の目。 鼻筋が通り高い鼻。 とても凛とした顔つきである。 あまり自身を語る場面が少なく、自己主張の強くない印象の大和は、どこか冷めた風に思われる事もあるが、まるで憑依するかの様に役を自身に落とし込む演技力の高さと、さすがモデル出身と言うべきか、容姿レベルの高さで確実にファンを増やしていっていた。 栄えた駅から離れ進んでいくと、見慣れた風景がチラホラと見え始める。 懐かしさからくる安堵感と久々に訪れた地への緊張感。 やがて大和は1軒の住宅の前で足を止めた。 そこは2階建ての住宅で、玄関先に立つ大和の目に映り込む表札には、『木下』の文字。 ここは大和の実家である。 7年振りの帰省。 その日は平日だった為、自宅には母親しかいなかった。 連絡も入れず突然帰省した息子に驚きながらも、母親は嬉しさを隠せない感じであった。 上京してから、両親と全く顔を合わせていないわけではなかった。 それでも、実家に…地元自体に足を踏み入れたのは、久しぶりの事。 母親の喜びようから、久しぶりの一言で片付けるには、長い年月なんだと改めて実感し、頑なに帰らなかった事の申し訳なさから、少しだけ後悔の念を抱いた。 お互いの近況など軽く話すと、日を改めてまた来ると約束し、大和は家を出た。 20歳の時、スカウトされ上京を決めるまで住んでいた土地。 当時の思い出を振り返る様に、大和は様々な場所を巡った。 幼い頃遊んだ公園 たまり場にしていた友人の家 よく買い物に訪れていた店 当時の彼女と歩いた河川敷 そして 地元に帰ることを躊躇させる程の強い思い出のある ライブハウス 大和はライブハウスの前の通り沿いに立つ防護柵にそっと腰掛けた。 その日大和は過去の呪縛を断ち切る為にここに来た。 そう言ってしまうと大層、大袈裟に聞こえ、実際第三者からしてみたら、大したことではないありふれた内容かもしれない。 それでも、大和はその事に囚われ上京してから、1度も地元に戻ることはなかった。 大和にとっての1番の心のしこり。 そのしこりを取り払う決意をするきっかけとなった、とある出来事。 それは3ヶ月前。 ある女性との出会いが大和に過去と向き合う決断をさせる事になった。
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