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呼び止められた大和は、再び瑠羽の方へ体を向けた。 「何?」 「あ、あの…」 視線を泳がせ、挙動不審な瑠羽を不思議そうに見つめる。 何でもハッキリと発言する彼女のこんな姿は初めてで、大和は困ったように眉を下げた。 「どうしたの? なんか、らしくないじゃん。」 瑠羽は1度唇をキュッと結ぶと、大和の目を真っ直ぐ見つめて、 「これ… 一緒に見ない?」 DVDを自身の口元辺りまで持ち上げた。 「時間が大丈夫だったら…なんだけど…」 瑠羽は弱々しくそう付け足した。 「時間は…大丈夫だけど… いいのかな… 上がっても。」 一体どうしたんだろう。 電話をしてる時は、あんなに喜んで、早く見たいと騒いでいたのに。 家に到着してからの瑠羽の様子は、やはり明らかにおかしかった。 ウタがステージに立っている映像。 きっと初めて見るであろう、それを、彼女は1人で堪能したいはずだ、大和はそう思っていた。 「すぐにでも見たいんだけど…。 実際、これにウタが映ってるって思ったら、1人で見るのが怖い、というか…緊張する、というか…」 それは、瑠羽の愛の深さ故の、そして、その対象が既にこの世にいない為に沸き起こる感情。 見たいけど、怖い。 他界して自分の傍にいてくれない事を頭の中では整理して理解しているからこそ、きっと楽しそうにステージに上がり動いているウタを見た時に、自身の感情がどう揺れ動くのか、予想出来ない恐怖。 「何か…ごめん。 見せてあげれたら喜ぶかなって単純に考えてた。 余計な事しちゃったかな…」 大和は、瑠羽の想いを深く考えてあげれていなかったと、申し訳なさそうに眉を下げた。 「余計な事なんかじゃない! 本当に嬉しいよ? ねぇ…一緒に見よ?」 大和の服の袖口を少し掴み、懇願する様な表情の瑠羽。 その姿に愛おしさに近い感情が沸き起こったが、大和はそれをかき消す様に1度頭を振ると、 「分かった。 一緒に見よう。」 優しく笑んで言った。 ワンルームタイプの瑠羽の部屋。 物も少なく、女性の部屋と言うにはとてもシンプルなレイアウトだった。 2人用のソファに2人は腰掛けると、瑠羽はDVDを再生させた。 少し荒い映像は時代を感じさせる。 定点カメラのみで撮影され、演者に寄る事も無いシンプルな映像。 数組の対バンでのライブだったその日は、大和も出演していた。 大和自身も久しぶりに見る映像に、当時の思い出が一気に蘇る。 まだ挫折感を味わう前 絶対プロになるんだとがむしゃらだったあの頃。 目を伏せず、当時を懐かしめる様になったのは、瑠羽のおかげだ。 瑠羽にそんな気があった訳では無いのは分かっている。 だが、あの日『ダセー奴』と否定されていなければ、そのまま過去を有耶無耶にして、この先も生きていたかもしれない。 勇気が無く踏み出せなかった1歩のきっかけを図らずしも与えてくれた事に大きな感謝の念を抱いた。 突発性難聴のせいで、夢を断念せざるを得なかったウタは、大きな絶望感の中でも、音楽に携わる事を望んだ。 本当は自分自身で想いを奏でたいのに、出来ないジレンマを抱えていただろう。 それでも、彼はいつでも明るく暖かく優しい。 そんなウタを想う瑠羽からしたら、半端に夢を投げ出し、挙句その場から逃げ出した大和は、心の底からダサい奴だと思ったのだろうし、人として出来すぎたウタと比べてしまったら、誰も敵わず、誰も瑠羽の心を動かせないのかもしれない。 「あ、木下さんだ。」 物思いに耽っていた大和は、瑠羽の言葉で我に返った。 ライブは進み、大和達のバンドの番になっていた。 「何か恥ずかしいなぁ。」 ロックバンドだった大和達は、荒々しいプレイスタイルで、客席を煽っていた。 「へぇ。 いい感じじゃん。」 若いね 瑠羽は楽しそうに笑いながら、大和を見た。 「ありがとう。」 当時は自分達のプレイに自信を持って活動をしていた。 でなければ、プロになりたいなんて夢は持たない。 その時から長い年月を空けて、見返してみれば、全てにダメ出しをしたくなる程の出来ではあった。 でも、当時はとにかく熱かったな。 現在、夢に向かう為に頑張っている瑠羽は、そんな気持ちが分かるのか、 「もったいないね。」 小さな声で呟いていた。 もう間もなく、ウタの出番だ。 映像を見ている瑠羽は笑顔を見せていたが、 大丈夫だろうか 大和は内心、心配だった。 そして、いよいよウタがステージに現れた。 アコースティックギターを持ち、歌うウタ。 当時、出番の終えた大和は、それをステージ袖から見ていた。 とても、楽しそうにステージに立つウタを、本当に音楽が好きなんだなと、思いながら見ていた記憶が蘇る。 「楽しもうな!」 出演者が集まる控え室で、ウタはいつも楽しそうに笑いながら、演者達にそう声を掛けていた。 その言葉を、いつでもウタは体現していた。 客達が自分のファンであろうとなかろうと、自分の歌を聞いていようがいまいが、彼にはそんな事は関係ない。 自分自身が、まず音楽を愛し、音を楽しむ事。 そうすれば、きっと声は届く。 そんな真っ直ぐな信念。 ウタとの思い出は決して多くはないけれど、一生懸命に今を生きる素敵な人だった。 大和は、映像と共に、当時のウタに思いを馳せ、それまで何かしらの感想などの言葉を発していた瑠羽がピタリと黙り込んだ事に気が付き、静かにそちらを向いた。 瑠羽は画面に食い入る様に凝視していた。 ウタの動きを、表情を、ギターの音色を、歌声を 何も取りこぼさない様に。 彼を一心に感じていた。
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