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それから、数週間後 12月中旬。 いよいよ本格的に冬が訪れ、肌を突き刺す様な冷たい空気に身を縮こませる季節となった。 街は近く訪れるクリスマスのイルミネーションに飾られ、キラキラと輝く。 冷たい空気が空間を澄み渡らせる様な雰囲気で、より一層綺麗に感じる。 大和はそんな街の中でファッション誌の撮影をしていた。 大和は今のこの時期がとても好きだった。 クリスマスが近づき、その先の年末に向けて、街は何だかソワソワした空気になる。 その中に、どこか感じる物悲しさ。 息を吐いて立ち上る白い息がうっすらと消えゆく。 当たり前のそんな情景にすら、切なさを感じてしまう。 そんな相反する感情が入り乱れるこの季節が、何だかとても好きだった。 そんな美しく儚い情景に、大和は瑠羽を思い浮かべていた。 あの日から、大和と瑠羽の距離はグッと縮まった。 大和はもちろん、瑠羽も何かと忙しく、あれから会う事は無かったが、彼女は定期的に連絡をくれ、大和も同様に連絡を入れる様になった。 何気ない日常のやり取り。 その中で、いつしか瑠羽は、大和を下の名前で呼ぶ様になり、大和も自然と呼び捨てで呼ぶ様になっていた。 だが、決して2人の間に流れるものは、恋愛感情では無い。 あくまでも友人として、瑠羽は自身のパーソナルスペースに大和を入れたのだ。 正直な所 大和は瑠羽に惹かれてはいたが、あの日、彼女のウタに対する強い想いを再確認した事で、揺れる自身の気持ちを追求する事もなく、ただ自然に接する様にしていた。 「また、一緒にDVD見よう。」 あの時、図らずしも自身の弱さをさらけ出した事により、まだ1人では見れないウタの姿を、共に見守ってくれる相手として、瑠羽は大和を選んだのだろう。 元来、瑠羽を喜ばせる為に用意したもの。 意識なく複雑な心境にはなるけれど、喜んでくれるなら、それでいいか。 大和は瑠羽を思い描き、穏やかな笑顔を浮かべた。 撮影は順調に進み、次の現場へと向かう大和は、途端に気が重くなった。 次の仕事はスペシャル番組の生放送だった。 来年の1月からスタートするドラマの出演者や、公開を控える映画の出演者などがこぞって集まる特別番組。 来年の3月に公開が決定された映画の主演の大和もキャスティングされていた。 撮影に苦労したあの映画には、蓮も出演している。 今回は蓮はその枠では出演はなかったが、1月からのドラマの主演を務めている蓮は、そちらで呼ばれていた。 あの日喧嘩別れの様になってから、会う事も連絡さえも取っていない。 同じ作品でも共演や、今回の様な特別番組での共にキャスティング。 いくらでも接点は持つことになる。 少し気持ちが暴走しただけ。 蓮はそんな悪い奴じゃない。 早めに和解した方がいいな。 大和はそう考えていた。 テレビ局に到着し、楽屋へ入る。 特別番組だけあって、出演者も多く、控え室付近は普段のテレビ局より人通りが多かった。 大和の楽屋へも出演者が挨拶に来たりなど、中々、蓮の所へ行く時間が見つからず、どうしたものかと考えあぐねていたが、そもそも、人が多い中、蓮と2人きりになるのは難しいし、その中で神妙な話をするのは不味いかもしれない。 そう考えた大和は、後で連絡をしようと決めた矢先、蓮の方から挨拶に訪れてきた。 「久しぶり。」 軽く笑んではいるが、目が曇っている。 そんな表情だった。 「ああ。久しぶりだな。」 蓮が自分に向けてる感情は、怒りではない。 素っ気ない感じとも違う。 「今日はよろしくお願いします。」 蓮は軽く会釈し、楽屋のドアを締めた。 何だろう 蓮の雰囲気に引っ掛かりを感じた大和に、マネージャーが声を掛けてきた。 「佐山さん、疲れてるんですかね?」 「…うーん。そうかもしれませんね。」 大和がそう答えると、そういえば、とマネージャーが続けた。 「佐山さん、1月から始まるドラマの撮影してるじゃないですか。 チラっと小耳に挟んだんですけど、ちょっと監督と揉めたみたいですよ。」 「え?蓮が? 揉めたって言っても、演技についての意見交換が白熱しただけじゃないんですか?」 「いや、何か… キスシーンがあるらしいんですけど、佐山さんは絶対にやりたくないって言ったらしくて。 理由を聞いたら…」 マネージャーは少し言いにくそうに頭を掻いた。 「何です?理由って。」 「ボクは好きな人がいるので、そういう事は出来ませんって言ったらしいです。」 大和は呆気に取られ、呆然とマネージャーの顔を見つめた。 それから、大和は司会者や出演者への挨拶周りし、スタッフの指示を受け、リハーサル等をした。 その間も、ずっと蓮の事が頭をグルグルと渦巻く。 好きな人がいるからと、キスシーンを断る 役者を生業としながら、そんな私情を持ち出すなんて、役者失格だ。 好きな人 つまり、瑠羽の事だろう。 彼女の事が本気で好きなのは分かる。 だが、それとこれとは別の話。 同じ役者として、腹立たしさすら感じていた。 本番まであと少し。 『今日この後空いてるか? 飯行こう。』 大和は蓮にメールを送った。
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