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帰省先で瑠羽に会う事。 偶然出来た約束は、大和にとって嬉しい予定となった。 彼女にとったら、愛する人が生まれ育った街を散策するのが目的で、自分はいてもいなくても、どちらでもいいのかもしれない。 ウタが歩いただろう道 ウタが訪れただろう場所 今は亡き彼を想いながら、行動する事で、今はもう感じれない何かを心に宿す。 その手助けが出来れば、それでいい。 彼女がウタを想い続けていくのだとしても、笑っていてくれたら、それでいい。 ただ、それだけだったのに 交わした約束がとんでもない事態を招く事になるなんて その時は想像すら出来なかった。 12月31日 その日は夕方まで仕事だった。 仕事を終え、1度自宅に戻ると、帰省用に準備していた荷物を持ち駅へと向かった。 普段よりは混雑しているが、帰省ラッシュは過ぎた様だった。 きちんとした帰省は上京してから初めての事。 予定を決め、実家に連絡を入れると、母親が嬉しそうに、ご馳走いっぱい作るね!と張り切っていたのが印象に残った。 大和は地元の友人達にも連絡を入れた。 すると、みんなで集まろうと、声を掛けてくれた様で、ちょっとした同窓会の様なものまで開いてくれる事になっていた。 こんな年末年始を過ごすのは本当に久しぶり。 普段の忙しさから解放され、身も心もリラックスしていた。 その日の夜に地元に到着した大和は、暖かく迎え入れてくれた両親と共に、ゆったりとした時間を過ごし、次の日は久しぶりに集合した仲間達と盛り上がった。 その中には、かつてのバンドメンバーもおり、最初は気まずさもあったが、時間と共に、昔を懐かしめる程の距離感となった。 大和はウタの出ていたライブのDVDを送ってくれた友人―橋本 聡一郎を見つけると、改めて礼を述べた。 「全然ええよ。 ウタさんが出とったんはだいぶ前やし、見つけるの苦労したけどな。」 「そうよな~ もう何年前や、あれ。 けど、ほんま助かったわ。」 両親や友人と会話をしていると、自然に生まれ育った街の方言が出る。 こうしていると、普段、東京で俳優として生きている自分が不思議にすら思えてくる。 「ウタさん…懐かしいな。」 聡一郎が物思いに耽るように呟いた。 彼は、大和とは別のバンドで活動していた。 大和達のバンドが解散した後も、活動は続けていたが、数年後に解散、今はライブハウスに勤めていた。 ウタとは比較的、接点を持っていた様で、上京後、病気になった事、数年前に他界していた事も知っていた。 「そういえば、当時、ウタさんと付きおうてた子が、バンドでインディーズデビューするんやで。」 聡一郎は大和にそう言った。 瑠羽の事も知っているのか。 「お前、よう知っとるな。」 驚いた大和は、感心したように返した。 ライブハウスに勤めているだけあって、今でも音楽を愛する彼の元には様々な情報が集まる。 それだけではなく、Rose thornsは自分達の足で全国ツアーと銘打ち、各所をライブしながら、回ったりもしていた。 その時、聡一郎の勤めるライブハウスに出演したこともあって、より興味深く情報を察知する事になったのだ。 そして、その更に前の事。 生まれ育ったこの街で、ウタの葬儀が行われた際、彼は瑠羽に会っていた。 早くに両親を亡くしていたウタの葬儀は、親戚を中心に執り行われ、多くの友人が集まった。 会場の隅にいた若い男女の4人。 その中にいた女性は、光の無い瞳で、ただ呆然と床を見つめていた。 その時は直接声を掛けられなかったが、東京でウタが力を入れていたバンドで、その女性は、彼の恋人だと言うことを、人伝いに知った。 「魂が抜けた様な顔でな… 周りのメンバーが守る様に立ってたんが、よう記憶に残っとる。」 聡一郎は、当時の記憶を蘇らせ、顔を歪ませた。 「あの子がバンド続けてて、もう少しでインディーズデビューとか、何や、感慨深いものがあるなぁ。」 聡一郎は安堵感の溢れる笑みをこぼした。 「実はな、その子の為やねん。 ウタさんのDVDを探してくれ言うたんは。」 大和はそんな聡一郎に微笑みながら言った。 「え!? お前、あの子と知り合いなんか?」 「あぁ。たまたま知り合うてな。」 そうかそうか 聡一郎は、更に笑みを浮かべ、近くにあった自身のバッグを漁った。 「DVD探しとる時に出てきてな。 お前に見せるつもりで持ってきたんやけど、これも、あの子にあげてや。」 そう言って、聡一郎は、大和に透明のフィルムに入れられた写真を手渡してきた。 大和がライブハウスに立っていた当時、ライブハウス出演者で撮った写真。 数十人と映り込むそれの真ん中辺りにウタも写っていた。 「懐かしいなぁ… ありがとう、喜ぶよ。」 大和はしばらく眺めた後、それを大事そうにバッグにしまった。 翌日に瑠羽に会う大和は、思わぬお土産が出来たと、嬉しく思った。
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