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翌日
眠っていた大和はゆっくりと目を開けた。
そこが実家の自分の部屋だと認識すると、途端に、懐かしさの様な、はたまた安堵感の様な不思議な感覚が体を駆け巡った。
ベッドに体を横たえた状態で、大和は携帯電話の液晶を見た。
時刻は間もなく正午となる所だった。
昨晩、久々に仲間と集まった事で、テンションも上がり、少し呑みすぎてしまった大和は、少しだけ体に重みを感じながら、ゆっくりと起き上がった。
ベッドに腰掛けた状態で携帯電話を操作し、何通も来ているメールを1つずつ確認していく大和は、徐々に口角が上がっていく。
その日の夕方、会う約束をしている瑠羽の為、大和なりの贈り物を考えていた。
その成果が見れた事に、満足感を覚える。
メールの中には、瑠羽からのものもあった。
『今から向かいます。』
大和が目覚めるほんの1時間程前の連絡。
瑠羽は、本来、昨日の朝早くにこちらに来る予定だったが、別件が入ってしまった為、向かうのが今日になってしまった。
ひとまずは、無事に来れる様で良かった。
大和は安堵した様に息を吐き、風呂場へ移動。
瑠羽を案内する場所のシュミレーションをしながら、シャワーを浴びた。
夕方4時
もう間もなく日が暮れる。
自宅から外に出ると、うっすら暗くなり始めた風景と、吐く息の白い冷たい空気に、何だか物悲しい感覚すら覚える。
2人の都合があったのが、この時間だっただけだが、もう間もなく訪れる日暮れだからこそ、逆に動きやすいとも感じていた。
いくら地方と言えど、大和は人気の俳優。
夜の方が目立たないし、動きやすい。
大和は父親に車を借りて、瑠羽との待ち合わせ場所に向かった。
彼女はその少し前に到着していて、ウタの眠る寺院に行くと言っていたので、そこを待ち合わせ場所にした。
大和が到着すると、寺院の入口に瑠羽が立っているのを見つけ、近場に車を停めた。
寒そうに手をすり合わせていた瑠羽を見て、挨拶もそこそこに、乗車を勧めた。
大和は早速、車を走らせる。
「今日はどの辺に行こうと思ってたの?」
「ん~これといって決めてない。」
車を数十分走らせると、大和はある場所の近くで車を停めた。
「学校…?」
瑠羽は、近くの建物を見て不思議そうに呟いた。
「ここは、ウタさんが通ってた小学校だよ。」
大和は得意げにそう言って、車を降りるよう促した。
閉まっている校門前まで歩いて近づいていく。
「ウタの通ってた学校かぁ。」
瑠羽は、嬉しそうに辺りを見回していた。
「そして、これが、小学生時代のウタさんです。」
大和は瑠羽の前に自身の携帯電話を差し出した。
ディスプレイには、満面の笑みで写真に写っている男の子がいた。
「え!?この子、ウタなの!?」
瑠羽は、食い入るように画面を見つめる。
大和は、そんな瑠羽を笑顔で見つめていた。
大和は、瑠羽に地元を案内すると決めてから、友人達に声がけをして、ウタの情報を集められるだけ集めていた。
育った街が同じなだけで、区域が違った為、大和自身にはウタの情報がない。
瑠羽を喜ばせたい
その一心でウタの事を知ろうとしている大和に聡一郎が手を貸してくれた。
彼はとても人望があり、広いネットワークを持っており、あっという間にある程度の生い立ちを追える程の情報が集まった。
瑠羽がどこまで知っているのか分からなかったが、どこに行こうとしているのか決めてないと返答があった時、用意していたプランは間違って無かったと実感した。
生まれ育った街という大きな括りではなく、ウタの育った場所というピンポイントで、案内してあげたい。
それを瑠羽が喜ぶかどうか
それだけが心配ではあったが、穏やかな笑顔を浮かべる彼女を見て、それは払拭された。
それから、大和はウタの通った中学、高校も案内し、その都度、その時代の彼の写真を見せた。
時折、感極まる様に涙ぐみながら、瑠羽はとても嬉しそうに、その場所その場所にかつてのウタを感じている様子だった。
よく通っていたご飯屋
初めて楽器を買った楽器店
出演していたライブハウス
ギターを弾き歌っていた場所
時間帯と正月ということもあり、店関係は空いておらず、外から外観を眺めるだけ。
それでも、
「本当にありがとう。
大和。」
瑠羽は何度も礼を述べた。
あらかた回った後、大和はとある空き地の近くに車を停めた。
「今はもう取り壊されちゃったけど…
ウタさんが育った家のあった場所だよ。」
ウタは生まれてすぐに母親を亡くしている。
兄弟もおらず、父親は男手1つでウタを育てた。
しかし、そんな父親も小学校高学年の時に病気で亡くしてしまったウタは、その後、親戚の家へ預けられる事になり、中学卒業と共に上京した。
元々、音楽が好きだった父親の影響で、ウタも気がつけばハマっており、父親が亡くなる数年前にウタにギターをプレゼントしたのが、彼にとっての初めての楽器だった。
住む者が居なくなった為、やがて取り壊される事になってしまったウタの実家。
それからずっと空き地のままだった。
瑠羽は、道路と土地の境目辺りに立ち、何もない空間をただぼんやりと眺めていた。
大和は、車に寄りかかる様に立ちながら、そんな彼女の背中を見つめていた。
瑠羽が喜ぶ姿を想像し、用意したプランは、考えていた以上に手応えを感じ、安堵感と満足感を得ていた。
でも、今こうして彼女の背中を見つめていると、言い様のない切なさを感じる。
佇む彼女がウタの幻影に連られて消えていくイメージに襲われる。
ウタを想っていくのであっても、笑っていれくれればそれでいい―
そう思っていたのに
大和は瑠羽の手を掴んでいた。
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