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驚いた様に視線を向けた瑠羽は、悲しげに眉を下げる大和を見て、同じ様に眉を下げた。 「どうしたの?」 咄嗟に抱きしめたくなる衝動に駆られた。 どこにも行かせたくない どこにも行かないでくれ 「大和?」 大和はそんな衝動をグッと堪え、 「寒いから…車に戻ろう?」 引き攣る様な笑顔を見せた。 ウタのDVDを見ながら、瑠羽が泣いてしまった時、大和は彼女を抱き締めた。 あれは、安心させる為の行動。 今沸き起こる自身の感情とは別物だ。 今の感情に、行動を伴わせてしまったら… きっと抑えきれなくなる。 大和は、そんな感情を必死に抑え込んだ。 「とりあえず、俺のプランはこれで終わり。 どうだった?」 「あ…うん… 凄い良かった。」 先刻の大和に不思議な感覚をおぼえた瑠羽は、それを探る様に見つめながら、小さく答えた。 「何?どうかした?」 大和は見つめてくる瑠羽をおだやかに見返しながら聞いた。 「ううん。 …何でもない。」 瑠羽はそういって視線を逸らした。 瑠羽が敏感なのか それとも、大和が感情を隠せていないのか きっとどちらも合っているのだろう。 『あれで繊細な所もある』 恭太は前に言っていた。 人の感情の揺れを敏感に感じ取ってしまう。 その一方で自身に向けられる好意については鈍感だと感じる。 それは、瑠羽が器量の良さが災いして、受けてきた傷が蓄積された結果なのかもしれない。 褒められるのも 煙たがられのも 好意を持たれるのも 嫌悪感を抱かせるのも 全て自分の外見 そう理解しているからこそ、外見だけでなく、瑠羽自身を見てくれる人に心を開く。 しかし、それはウタを好きな自分を理解してくれたと解釈するので、相手が自分に好意を寄せてるなんて思わない。 自分で案内すると言いながら 瑠羽のウタへの想いを、感じれば感じる程 どこかやるせなさが増していく。 「大和は本当に優しくていい人だね。」 ウタの思い出の地巡りに満足した瑠羽は、ニカッと笑いながら、大和を見た。 友人としての感謝 「俺はそんなにいい人じゃないよ。」 思わず苦笑いを浮かべる。 これまで瑠羽にした事も、その日の案内も、純粋に彼女を喜ばせたいという、大和のサービス精神であったことに間違いはない。 だから、もちろんそこに、何らかの思惑や、間違っても下心なんて持ち合わせてはいない。 けれど 共に時間を過ごせば過ごす程、ある1つの想いがとても強くなるのを感じていた。 瑠羽の事が 好きだ― それを実感してしまった途端に苦しくなる。 大和を何とか平常心を保ちながら、車を走らせ、 「この後どうする? もうホテルに戻る?」 瑠羽に尋ねた。 瑠羽は、うーんと1つ唸ると、 「もう1箇所、行きたい所があるんだ。」 静かに答えた。 『霞川公園』 瑠羽は、そこに行きたいと言った。 大和の地元の地域にあり、決して有名な訳ではない公園である。 道を挟んで第一、第二と別れているその公園は、第二の方に遊具がたくさん置かれ、小さな子供達が遊んでいるのをよく見かける。 第一の方には、所々にベンチが置かれていて、公園内を囲うように桜が植えられていて、桜の咲く時期になると、圧巻な光景となる。 そして、この公園は川と隣接していて、6月中旬くらいになると、川辺に蛍が飛び交う。 大阪府内には蛍の見れる場所がたくさんあり、公園内や施設内の景観と合わせて、お勧めポイントとして挙げられる箇所が点在している。 だから、大和の地元の小さな街の公園は、そんなスポットに挙げられる事は無かったが、地元民の穴場スポットの様な場所だった。 「ウタがそこで"恋蛍"を書いたらしくて… 1回行ってみたいって思ってたんだ。」 恋蛍 瑠羽に渡したDVD内でも歌われていたウタの曲。 愛しい誰かを思わせる美しく切ないバラードで、思わず瑠羽が泣いてしまった曲でもある。 霞川公園で蛍を見たウタは、その光の儚さに誰かを思う切なさを感じた。 その時のインスピレーションから生まれた曲が恋蛍で、人を愛する 切なさ 苦しさ もどかしさ そして、喜びや 幸せ そんな想いが詰まった曲だった。 やがて、本当に心から愛する人と出会ったウタは、この曲を瑠羽の為だけに歌い、彼女へ贈った。 瑠羽にとって、とても大切な曲。 「今の時期には蛍いないぞ?」 瑠羽は、少し笑って、 「分かってる。 でも、せっかくだし、行ってみたい。」 瑠羽は、恋蛍を贈られてから、ずっと霞川公園に行きたいと思っていた。 ウタと共に蛍を見たいと。 しかし、中々タイミングが合わず、ウタの生前に叶う事は無く、亡くしてしまってからは、逆に足を運ぶ勇気が無くなってしまっていた。 「分かった。 行こう。」 大和は、瑠羽の意を汲み、そう言うと、公園へと車を走らせた。 到着すると、駐車場に車を停車させ、近くの自販機で温かい飲み物を買った。 2人は公園の入口へと歩みを進める。 街灯の明かりだけがうっすらと灯る夜の公園 静寂に包まれ 誰もいないであろう そう思っていた。 公園の入口に立つ防護策に、人が座っているのを確認し、2人は少し警戒をした。 その人物は、顔を俯かせていた。 こんな時間に、こんな所で何をしているんだろう 歩みを止め、訝しむ2人にその人物は俯いていた顔をそっと上げる。 「………蓮っ………!」 そこにいたのは、紛れもなく本物の 蓮だった。
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