31

1/1
前へ
/49ページ
次へ

31

いつからそこにいたのだろう。 時期的にも人の訪れも少なく、日が暮れ、身体に染み込むような寒空の中で。 そもそも 何故、ここにいるんだろう。 「2人で…何してるの?」 蓮は微かに笑みを浮かべていた。 疑問が頭を渦巻く中、蓮の静かな問いかけに、大和は意識を目の前に戻した。 隣に立つ瑠羽は、緊張なのか、身体も表情も強ばらせていた。 「ねぇ…何してんのって聞いてんの!」 黙ったままの2人に、蓮は少し苛立った様に声を張った。 気がつけば、先程までの笑みは消え、蓮自身から凍るような空気を感じる様だった。 蓮は、防護策から体を離し、静かに大和と瑠羽に歩み寄ってきた。 大和は近寄ってくる蓮から守る様に瑠羽の前に立った。 それに対して、蓮は軽く鼻で笑うと、少し距離を開けたまま立ち止まった。 「結局、2人はそういう関係なの? ボクの事、騙して…バカにしてたの?」 悲しみと言うよりは、強い怒り。 蓮からは、そんな感情しか感じられなかった。 「違うよ、蓮。 そんなんじゃない。」 瑠羽は、落ち着いた口調でそう口を開くと、大和と一緒にいる理由を説明した。 「……ウタ……」 蓮は、顔いっぱいに嫌悪の様な表情を浮かべて、ため息混じりに小さく呟いた。 「蓮はどうしてここに?」 大和が尋ねる。 「今日の午前中、ライブハウスでイベントあったでしょ? ボク、瑠羽ちゃんに会いたくて行ったんだ。」 Rose thornsがよく出演しているライブハウスで、昨日と今日の2日間、急遽決まったイベントを開催した。 普段のライブとはまた少し違い、何組かのバンドと合わせてセッションしたりと、特別な催しで、新たな年を迎え、いつも応援してくれるファンに対してのお礼と今後のご愛顧を願ってのイベントだった。 もう会いに来ないで そう突き放され、しばらく顔を出す事も無かった蓮だったが、どうしても瑠羽に会いたかったのと、タイミングよく休みがもらえた為、ライブハウスに出向いた。 しかし、中には入らず、イベントが終わり、出演者が外に出てくるのを待とうと、時間を見計らって裏口へ向かった。 だが、1歩遅く、急いでいる様子の瑠羽が走り去るのを確認した。 すぐ、追いかけようと思ったその時、恭太達の話し声が聞こえ、思わず近くの物陰に隠れた蓮は、彼らが瑠羽の話をしているのを聞いた。 瑠羽が大阪のウタの地元へ向かった事。 "霞川公園"に行きたがっている事を。 蓮は、何も迷う事無く、東京駅に向かい、大阪行きの新幹線に乗った。 そして、霞川公園を調べて、この場所にたどり着いたのだ。 何時間も公園の入口にいたと言う蓮。 本当に瑠羽がこの場所に現れる確証もないのに、ただひたすら待っていた。 蓮がそう語ると、みるみる瑠羽の表情が険しくなっていく。 「ようやく会えたのに、大和くんがいるとは思わなかったよ。」 まるで邪魔者とでも言わんばかりの目付きで、蓮は大和を一瞥する。 突然現れた蓮に驚いていた大和だったが、少しづつ心に落ち着きを取り戻すと、彼に対する憤りが湧き上がるようだった。 様子がおかしい蓮を心配していた恭太 そして、同じ様に心配し、何度も連絡をしていた大和 そんなものはまるで気にも留めていないかの様な蓮。 「瑠羽ちゃんは大和くんの事、好きなんじゃない? ボクが大和くんにRose thornsを紹介したのは、本当にかっこいいバンドだから会って欲しかったのと、ライブで楽しんでストレス発散になればいいなって思ったから。 あと、大和くんなら、大丈夫だと思ったんだよ。 聞いてたウタさんの性格とは違うから。 瑠羽ちゃんも好きにならないだろうって思ってた。 なのに…これだよ。 ボクには、ウタの事が~って言ってたけど、結局はただの好みの問題じゃん。 死んだ人を断りの言い訳にするくらいなら、ハッキリ、嫌いだって言われた方がマシなんだけど。」 唖然としている瑠羽を、蓮はやや冷めた目付きで見つめた。 「お前…いい加減にしろよ!」 蓮の暴言に怒りに震える様に、大和は叫んでいた。 静かな空間に叫ばれた声は、キーンと反響していた。 「なんで、そんなに酷い事ばっかり言うんだ? なんで…瑠羽の事が好きだって言いながら、お前の考えは自己中心的なんだよ!? 死んだ人を言い訳にしてるとか、どうしたらそんなに酷い思考になるんだ? 恋人が亡くなったら、その想いも消えちまうのか!? いつまでも想ってたらダメなのか!?」 大和は頂点に達した怒りに流されるまま、怒涛の様にまくし立てた。 「大和… 落ち着いて…」 瑠羽は、眉を下げ小さく呟くと、感情を荒らげる大和の二の腕辺りにそっと手を当てた。 「いつの間にやら、呼び捨てで呼び合う仲になってたんだねぇ。」 蓮は関心した様に目を見開いていた。 「今はそんな事関係ねぇだろ!」 会話が成り立たない事に、大和は更に苛立っていた。 「ボクは、初めて見た時から瑠羽ちゃんの事が好きなんだ。 瑠羽ちゃんのそばにいたい。 ボクの視界に瑠羽ちゃんだけを… 瑠羽ちゃんの視界にボクだけを映してたい。 大好きな人を手に入れたい! そう思って何が悪い!? 必死にもなるよ! だって本気で好きなんだから!!」 蓮は、悲痛な思いをぶつける。 そんな言葉一つ一つに打ちのめされるかの様に、瑠羽は苦悶の表情を浮かべていた。 誰かを好きになる それは素晴らしい事だ。 でも、想い方ひとつとっても、人それぞれ。 正解なんてものはない。 蓮の様に自分の気持ちが主体の想いを、否定的な意見は持っても、間違ってるなんて誰にも言いきれない。 誰かを想うというのは、想像を遥かに超える程、複雑で難しい。 「あのさ…蓮。」 瑠羽は、辛そうに顔を歪ませ、静かに話し始めた。 「蓮はさ、いつも明るくて、私もみんなも、その明るさに救われた事がたくさんあるんだ。 本当に感謝しているし、大切に思ってる。 けど…私は、まだ当時と変わらない気持ちでウタの事が大好きなんだよ。 だから、蓮の気持ちには応えられない。」 蓮は、突然、あー!っと大きな声を上げ、頭ををぐしゃぐしゃっと掻きむしった。 「もう、そんな断り文句は聞き飽きたよ! 何度告白しても、ウタがウタがって、瑠羽ちゃんはボクの事なんて全然見てくれないっ! ねぇ?分かってる? 瑠羽ちゃんの大好きだって言ってる人は、もうこの世のどこにもいないんだよ?」 興奮した蓮は、一気に瑠羽との距離を詰め、彼女の両方の二の腕をがっしりと掴みながら、感情を爆発させていた。 「おいっ!蓮!やめろ!」 大和は蓮を瑠羽から離そうとしたが、思いの外、強い力に手こずってしまっていた。 蓮… 落ち着いてくれ… それ以上 それ以上は言っちゃダメだ…! 大和のそんな願いにも似た心の叫びは、 「いくら、大好きだって言ったって、ウタさんは瑠羽ちゃんに何もしてくれない。 2人の思い出が更新される事なんてないんだ! いつまで、過去に浸ってるんだよ!! いつまでも、死んだ奴に執着してないで、前を見ろよ!」 蓮のその言葉で虚しく打ち砕かれた。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加