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瑠羽が蓮に刺された
どうやら、瑠羽はその後病院に搬送され、一命を取り留めたと、報道では伝えられていた。
ひとまずは安堵したが、衝撃の出来事に大和は放心状態のまま、次の仕事場に到着した。
「木下さん…」
スタジオの駐車場に車を停車させても、微動だにしない大和にマネージャーは何と声をかけたら良いのか分からず、ただ彼の様子を伺う事しか出来なかった。
何でだ…蓮…
なんで
なんで
なんで!?
大和は顔を歪ませ、強く握った拳を、座っているシートに叩きつけ、
「ああ―――!!」
車内に響き渡る大声を上げた。
何とか楽屋に入った大和は、震える手で携帯電話を操作し、恭太に電話を折り返した。
「木下さん…!
瑠羽が…瑠羽が…!」
恭太は、かなり狼狽した様子だった。
「恭太…落ち着いて…
今はどんな感じなんだ?」
恭太は、時折涙声になりながら、現状を語った。
救急搬送された瑠羽は、手術の末、一命は取り留めた。
奇跡的に臓器への損傷もなく、直に目を覚ますだろうとの事で、駆け付けた瑠羽の両親と付き添いを交代した。
恭太達はライブハウスに戻り、集まっていたファン達に事情を説明。
ようやく一段落着いた所だった。
命に別状は無かったとはいえ、仲間が刺され、そして、刺した相手が蓮だった事に、メンバー達は心に深い傷を追っていた。
一際取り乱していたのはモモで、彼女は瑠羽とタッチの差でライブハウスに到着していた。
モモがライブハウスに着いた時、既に瑠羽の前に蓮が現れており、モモは事の一部始終を目撃していた。
泣き崩れるモモを初め、メンバー全員は何とか地元に戻り今は恭太の家に集合していた。
恭太の苦しそうな口調に、大和も顔を歪める。
「仕事が終わったら、俺もそっちに顔を出すよ。」
「……はい……」
今にも消え入りそうなか細い声で恭太は返事をした。
本当は今すぐにでも行ってあげたい。
未だ意識が戻っていないのだとしても、瑠羽の傍に行きたい。
こんな事があっても
仕事に穴をあけられない。
出演直前で、家族や友人に不幸があったと知らされ、それでも、カメラの前に立ち、そんな事を微塵も感じさず、仕事をやり切る。
そんな人達を何人も見てきた。
本当に凄いな。
関心すると同時に、自分が身を置いている世界は、そういう所なんだと、当時の大和は覚悟を新たにした。
しかし、それは、覚悟をした"つもり"になっていただけだと思い知る。
一点に集中し、気を張り続ける状態で、少しでも途切れると、泣きそうになったり、気持ちの悪さが、大和を襲った。
共演者やスタッフのざわつきは、大和を更に追い詰めた。
『人を刺しちゃうなんて…』
『一体何があったの?』
『刺された相手の人って…?』
大和と蓮が親しくしていた事を知っている人の中には、大和自身を好奇の目で見る人もいたし、直接尋ねてくる人までいた。
大和は苦笑いを浮かべ、曖昧な返事を返す。
「…大丈夫ですか?」
心配げに尋ねてくるマネージャーに、
『大丈夫な訳ないだろ!?』
大和は心で叫び、ただ苦笑するだけだった。
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